タイム・オブ・ザ・ウルフ
2007/5/23
Le Temps du Loup
2003年,フランス=オーストリー=ドイツ,109分
- 監督
- ミヒャエル・ハネケ
- 脚本
- ミヒャエル・ハネケ
- 撮影
- ユルゲン・ユルゲス
- 出演
- イザベル・ユペール
- ベアトリス・ダル
- パトリス・シェロー
- ローナ・ハートナー
- モーリス・ベニシュー
田舎を訪れた家族、いきなり家の中に潜んだ親子に襲われ、父親が撃たれて死ぬ。何とか息子と娘を連れて逃げ出したアンは無人の村にたどり着く。未曾有の災害で人々は家に立てこもり、アンは知り合いにわずかな食料を分けてもらい、一夜を過ごす場所を探そうとするが…
ミヒャエル・ハネケがイザベル・ユペール、ベアトリス・ダル、パトリス・シェローという名優を迎えて撮ったドラマ。極限状況にある人々のあり方を描く。
ミヒャエル・ハネケの作品はどれも静謐で辛辣だ。この作品の始まりは自分の別荘を訪れた家族がいきなり襲われるという理不尽な出来事を描いたもので、『ファニー・ゲーム』を髣髴とさせる。しかし、今回は犯人は面白半分の犯罪者ではなく、切羽詰った家族であり、その背景には皆が困窮する事態があることがわかる。そして、その時代というのが疫病であり、そのために家畜が殺され、地区は封鎖され、人々は食料と水を求めてさまよっているのだ。
それはまるで近未来SFの核戦争後の世界か何かのような非現実的な世界である。そこでは食料は限られ、人々は生きるのに精一杯である。しかも平穏な日常から突然そのような文明以前の世界に投げ出された人々は途方に暮れる。その中をこの親子は3人で生きて行くわけだが、やがて人が集まる駅に着く。そこでは人々が自分の欲望をむき出しにしながらも何とか共同生活を送り、生きながらえるという最低限のことは実現しているのだ。
このような、ある種非現実的な状況を設定することでハネケがやろうとしたのは、人間の欲望を描くことだろうと思う。道徳や倫理という箍が外れたとき人間がとる行動はどのようなものか、そこでむき出しになる欲望に人間はどう向き合うのか、そのことを描こうとしているのだ。
その欲望に流されて、物を独占する奴もいるが、そのような状況でも助け合いを続ける人もいる。これは結局、どうするのが一番自分の利益になるのかという計算なのか、それとも別の何かが働いているのか。別のグループはリーダーに率いられて統率が生まれており、そこではむき出しの欲望よりも助け合いの精神が強く見られる。それでもやはりケーキが少なければ奪い合いになるもので、その秩序の下には暗い欲望が渦巻いていて、時にそれが爆発するのだ。
また、人の口に宗教じみた話も上ってくる。世界を救済してくれる人々の存在、その存在が表に出てくるのはやはり、現実の状況が悲惨になったときでだ。
この作品について書けることは、状況を描写して行くことくらいである。そこから何が読み取れるのか、何らかの教訓を得られるのかは見る人次第であり、人それぞれに違ってくるだろう。
ただ言えるのは、この物語は非現実的なフィクションではないということだ。同じような状況は現在でも、戦争が起こっている場所、悲惨な貧困に苦しめられている場所で起こっていることだ。例えばスーダンは今まさにこのような状況にあるのであろう。この作品を観ていると、非現実でありながら現実とリンクしているのだということを強く感じる。
そして、結末は曖昧ではあるが絶望的ではない。ハネケは辛辣ではあるが希望は捨てない。ハッピーエンドとはいえないが、絶望的ではないこの結末には、現実の厳しさと、希望を持つべきだという励ましの両方が含まれているように見える。