ハードエイト
2007/6/12
Hard Eight
1996年,アメリカ,101分
- 監督
- ポール・トーマス・アンダーソン
- 脚本
- ポール・トーマス・アンダーソン
- 撮影
- ロバート・エルスウィット
- 音楽
- ジョン・ブライオン
- マイケル・ペン
- 出演
- フィリップ・ベイカー・ホール
- ジョン・C・ライリー
- グウィネス・パルトロー
- サミュエル・L・ジャクソン
- フィリップ・シーモア・ホフマン
母親の葬式費用6000ドルを工面するために行ったカジノでお金をすって途方に暮れるジョンに初老の男が声をかける。男の名前はシドニー、彼は50$貸すからベガスに戻って賭けないかと提案する。そして彼の指導で小額の勝ちと無料の宿泊を手に入れるが…
『マグノリア』のポール・トーマス・アンダーソンの長編デビュー作。デビュー作とは思えぬ完成度で、キャストも実力派揃い。
ポール・トーマス・アンダーソンの作品といえば『マグノリア』『ブギーナイツ』『パンチドランク・ラブ』。どれもクセのある作品ではあるが、印象に残り、名も知れている。しかし実は彼がこれまでに監督したこれで全て、10年間で4本しかとっていないのだ。しかし彼は1970年生まれと若く(ちなみに誕生日は元旦らしい)、この『ハードエイト』を撮った時は若干26歳だったという。
この作品はそんな26歳の若造がとった作品とはとても思えない。主人公を老ギャンブラーとし、フィリップ・ベイカー・ホールをキャスティングしたというところですでにこの作品の方向性は決まっているし、そのフィリップ・ベイカー・ホール演じるシドニーが実にいい。口数は少ないが決して冷淡なわけではなく、常にむすっとした顔をしているが不機嫌なわけではない。その無表情な仮面の下には底知れぬ闇が潜んでおり、その謎が見るものの好奇心を刺激する。
ポール・トーマス・アンダーソンの演出も見事だ。ほとんどは小さな仕草や視線によってそれを表現しており、その仕掛けになかなか気づかないが、ひとつ彼の演出意図がわかりやすくでている箇所があった。それはあることが起きてシドニーが動揺なり何なりしそうなところでカメラがグッと彼に寄るというカットである。普通はカメラがよってクロースアップになるとそこで表情なり仕草なりで感情を表現するものだが、シドニーはここでも無表情のままで見る者には何も伝えずすぐさま次のカットに移ってしまう。このシーン自体は考えさせるシーンなわけだが、これによってポール・トーマス・アンダーソンが観客を操作しているのはもっと小さな仕掛けなのだと気づく。このような映画の文法に素直に従ったわかりやすいヒントではなく、ボーっと見ていたら気づかないが確実に視線の端に捉えられて無意識に働きかけるようなそんな仕掛けが無数に盛り込まれているのだと。
そう注意して見ると、本当に細かい部分までこだわりぬいた演出が随所に見られる。シドニーは熟練のギャンブラーであり、相手の心理を読み操ることには長けているのだ。そのクライマックスは終盤のジミー(サミュエル・L・ジャクソン)とのやり取りである。シドニーは観客すら気づかない間にジミーを操作してしまっていたのである。
観ているときには「なんだろうなんだろう」という感じで観ているのだが、終わってみれば全てが腑に落ちる。ハードエイト(サイコロ賭博のの4のぞろ目)にも、6000ドルという金額にも意味があったのだ。
『ブギーナイツ』はずいぶん前に見て今ひとつわからなかったけれど、今見ればいろいろと気づくことがあるのかもしれない。『マグノリア』と『パンチドランク・ラブ』も楽しめるかどうかはともかく面白みのある映画だった。
ポール・トーマス・アンダーソンの5年ぶりの新作“There Will Be Blood”(原題)もポスト・プロダクションに入り、今年のヴェネチア映画祭に出品される予定とのこと。このデビュー作をみると、この監督、やはり只者ではないなという感じがする…