イカとクジラ
2007/7/24
The Squid and the Whale
2005年,アメリカ,81分
- 監督
- ノア・バームバック
- 脚本
- ノア・バームバック
- 撮影
- ロバート・イェーマン
- 音楽
- ブリッタ・フィリップス
- ディーン・ウェアハム
- 出演
- ジェフ・ダニエルズ
- ローラ・リニー
- ジェシー・アイゼンバーグ
- オーウェン・クライン
- ウィリアム・ボールドウィン
- アンナ・パキン
1986年のブルックリン、ウォルトとフランクの両親はともに作家、ウォルトは父のバーナードを尊敬する文学青年だが、そのバーナードは長いすランプに陥っている。弟のフランクは文学には興味がなく、テニスに夢中。母のジョーンは作家として商業的な成功を収めつつあった。そんなバーナードとショーンが離婚することになり、子どもたちは二つの家を行き来するようになる…
『ライフ・アクアティック』でウェス・アンダーソンの共同脚本を務めたノア・バームバックがそのアンダーソンのプロデュースで監督でビューした作品。オフビートでリアルなドラマ。
誰もが味わう挫折、誰もが直面する人間の不完全さ、親の中にその不完全さを見出す時期を人は思春期と呼ぶが、この作品はまさにその思春期を描いた作品だ。ウォルトとフランクの兄弟は少し年が離れているが(ウォルトは高校生、フランクは小学校5・6年生くらいだろうか)、両親の離婚をきっかけとして共に深刻な思春期の悩みを抱えるようになる。それは、大人に対する反発心と“性”の目覚めである。共に作家である両親の言動は多少エキセントリックだが、思春期のもやもやした感じは誰もが経験のあるものであり、そこからはリアリティを感じられる。
しかも、この両親はどちらもその思春期のまま大人になったような両親なのだ。どうでもいいことに腹を立て、理不尽な要求を平気でし、自分の感情すらコントロールできない。そんな親を見てウォルトは一歩先に成長していく。そこにはガールフレンドとの関係、年上の女性への憧れなど、思春期に定番のエピソードが盛り込まれる。
が、この作品はストレートにウォルトの成長物語とはなっていない。彼が成長する決定的な出来事や、人物や、言葉などは出てこず、彼の生活は間抜けな失敗や、挫折に満ち満ちているのだ。つまりここには明確なメッセージといううのは表れず、成長するためのささいなヒントがところどころに転がっているだけなのだ。
それは非常にリアルなことである。人間の生活が「映画のように劇的」であるわけはなく、誰しも思春期を乗り越えるためには自分なりに小さな手がかりを組み合わせて自分なりのステップを組み上げ、上へ上へと行こうとするものなのだから。しかも、思春期というのはさまざまなことをはっきりとたずねることをためらう時期でもある。知らないことが恥ずかしかったり、聞くことが恥ずかしかったりすることで、知ったかぶりをしたり、強がりを言ったりということが多い。それでもなんとなく「わかってくる」のが人間なのだ。
この作品はそのあたりをうまく描いているが、おそらくそれは脚本のよさから来ているのだろう。いかんせんこんな風だから劇的な展開はなく、映画としては退屈といってもいいものだと思うが、そのメッセージというか描いているものの面白さでひきつける。映画としてはもっと面白くなる作り方もあったのではないかという気もするが、この感じも悪くないと思う。
しかし、それにしてもこのバーナードというのはすごい人物だ。アメリカのインテリにはこんな人が多そうだが、独善的でプライドが高く、自分には甘く、他人には厳しい。頭の中には確かにそれなりにすごいものが入っているのだろうけれど、人間としてはどうだろうというところだ。「子どもがそのまま大人になったよう」とはよく言うが、さらにそこから純粋さを奪った感じだ。離婚を妻の浮気のせいにしているが(確かにジョーンの浮気癖も相当なものだが)、こんな夫じゃあ浮気をするのも、離婚をするのも当然という気になる。ジョーンも人間としてかなりどうかと思うような人物だが、この夫の前ではかわいいものに思える。
こんな大人に対処することで、人間は大人になっていくんだろうね。ここまでひどい人はなかなかいないが、こんな風な大人は世の中にいくらでもいる。そういう意味でもこの作品はリアルであるが、こんなだから、リアルすぎてなんだかいやでもある。少なくとも見終わって幸せな気持ちやすっきりした気分に離れない。たまにはそういうのもいいけれど、気分が沈んでいるときに見ると体によくないと思う。
ちなみにフランク(ピクル)役のオーウェン・クラインはケヴィン・クラインとフィービー・ケイツの息子。どっちにも似ているような、似ていないような。ちなみに、妹のグレタ・グリーンバーグもソフィー(ウェインの恋人)の妹役でちらりと出ている。名前はグレタか…