カオス
2007/8/14
Chaos
2005年,カナダ=イギリス=アメリカ,107分
- 監督
- トニー・ジグリオ
- 脚本
- トニー・ジグリオ
- 撮影
- リチャード・グレートレックス
- 音楽
- トレヴァー・ジョーンズ
- 出演
- ジェイソン・ステイサム
- ウェズリー・スナイプス
- ライアン・フィリップ
- ジャスティン・ワデル
- ヘンリー・ツェーニー
- ニコラス・リー
カーチェイスの末人質を取った犯人に発砲し、人質と容疑者を死なせてしまったコナーズは停職になっていた。そんな時、グローバル銀行で強盗事件が発生、犯人はコナーズを交渉人に指名してくる。コナーズはローレンツと名乗る犯人と交渉を始め、隙を見たコナーズは突入を支持するが…
『トランスポーター』のジェイソン・ステイサムのクライム・サスペンス。犯人と警察の騙しあいがスリリングで面白い。
まったく期待しないで見たのだが、これは掘り出し物だった。映画の冒頭は非常にオーソドックスで、ひとつのエピソードの後、街の空撮が入るというクライムサスペンスの典型のようなオープニングである。そしてその後の展開を示唆するような映像がはさまれ事件が起きる。その後は犯人の意図をいかに主人公が読むかという推理小説的な展開になるというわけだ。
と典型的なクライム・サスペンスなわけだが、この作品は“カオス理論”を持ち出すだけあってその展開が非常にうまく練られているのがいい。それにはまず、さまざまな断片を提示する。数ヶ月前の事件、犯人グループの人相、警察内部の人間関係(本部長と刑事の一人の愛人関係、コナーズと別の刑事の対立関係、コナーズの新たな相棒とコナーズの関係)、マスコミなどなどが用意される。そして、重要なのはこの事件の展開が最初に用意された要素の外に出て行かないという点だ。すべてのヒントは与えられたものの中にある。もちろん細部については物語が進むにつれて少しずつ明らかにされるわけだが、大枠は最初に提示されたもの以上のものはない。突然、新たな登場人物が加えられたり、もっと昔の事件が関係してきたりということはないのだ。
このようなクライム・サスペンスではどうしても最後まで観客にどんでん返しを察知させないようにさまざまな方法がとられる。そして、観客を驚かせようという意図ばかりが先行するとどうしても、観客の知らないところからそのどんでん返しの種を持って来がちである。「実はこんな人がいた!」とか「こんな過去があった!」というこれまで明らかにされていなかった事実を理由にどんでん返しが起こるのだ。このやり方でも確かに驚きはするが、腑には落ちない。ただハッタリをかますだけで知的スリルには満ちていないのだ。
しかし、この作品の場合はヒントはすでに用意されているから、観客は知的に推理していくことができるし、そのためのガイドとして知的な新人刑事デッカーが用意されている。知的で切れ者の彼の視線に立てば、観客はおのずと知的なサスペンスゲームに入り込むことができ、誰が犯人で誰が黒幕でどのような目的があってやったのか、という推理を働かせていくことができるのだ。しかも、この作品はどっぷりとハリウッド式のサスペンスにはまった私たちの期待を少しずつ裏切るような展開を見せる。
もちろん、ここで具体的に書くわけにはいかないが、推理は時に当たり、時に外れる。「え、まさか!」というよりは「なるほどなるほど」とまさにパズルが1ピースずつはまっていくかのように物事が明らかになっていくのだ。じわりじわりと全体像が見えてくるようになっているだけに、最後の最後に一気にわかるという大きなカタルシスはないけれど、小さなカタルシスの積み重ねがこの映画全体を魅力的なものにしているのだ。
ハリウッド的な大団円と大カタルシスを期待してみると期待外れになる可能性大だが、サスペンスに知的なスリルを求めるなら、なかなかいい作品だと思う。最初の設定も、全体的な雰囲気もどこか『インサイド・マン』に似ているので、合わせてみると楽しめるかもしれない。