サンキュー・スモーキング
2007/10/1
Thank You For Smoking
2006年,アメリカ,93分
- 監督
- ジェイソン・ライトマン
- 原作
- クリストファー・バックリー
- 脚本
- ジェイソン・ライトマン
- 撮影
- ジェームズ・ウィテカー
- 音楽
- ロルフ・ケント
- 出演
- アーロン・エッカート
- キャメロン・ブライト
- マリア・ベロ
- デヴィッド・コークナー
- ロブ・ロウ
- ケイティ・ホームズ
- ウィリアム・H・メイシー
タバコ業界のロビイストであるニック・ネイラーはトークショーで保健福祉省の官僚をやり込め、今度はタバコのイメージアップのため、ハリウッド映画の中でスターにタバコを吸わせようとハリウッドに飛ぶことに。その度に彼は息子を連れて行くことにするが…
タバコが徹底的に悪者に追い込まれる前の90年代半ばを舞台に、タバコ業界のために働くロビイストを描いたコメディ・ドラマ。タバコ云々よりも、ロビイストというなかなか注目を浴びない人物に焦点を当てたところが面白い。
この作品は題名こそ『サンキュー・スモーキング』とされているが、喫煙を奨励する映画でもなければ、そもそもタバコについての映画でもない。この映画はタバコという未曾有のトピックをめぐって持論を主張しあう二つの勢力の攻防を描いた物語だ。
主人公のニック・ネイラーはタバコ会社が設立したタバコ研究アカデミーの広報部長、つまりタバコ業界のロビイストである。ロビイストとは圧力団体のスポークスマンで、基本的には政治家との交渉を任とし、あまり表舞台には出てこない。しかし、世論形成のためにマスコミに登場することもあり、ニック・ネイラーのような人物が実際にいたとしても不思議はない。しかし、やはりロビイストというのは一般の人の目にはあまり触れない人物だし、日本ではそもそもロビイストはいない(それに類する活動をしている人はいるけれど、明確にロビイストといえる活動は存在していない)ので、なじみのない存在だ。
その存在を映画にしたというところがこの作品の一番面白いところだ。しかも、そのロビイストというのは話術を生かして相手や聴衆を煙に巻き、自分の有利なように物事を進める人物。詐欺師とまでは言わないけれど、悪さと魅力を兼ね備えた存在なのだ。この作品は実情はどろどろしているであろうロビイストの活動をコメディ・タッチで描くことで非常に面白いものにしている。ロビイストを主人公にし、その主張の内容に賛同するかどうかを問題にしないことで、観客がタバコ業界のために働くニック・ネイラーに対して拒否反応を起こさないように工夫し、観客が主人公にある程度の共感を持って映画を見ることができるようにしている。
彼が父親として悩みながら息子と接しているというのもそのためにはいいサブプロットだ。実際こんなこまっしゃくれたガキがいたらむかついてしょうがないだろうけれど、この親にしてこの子ありというのがなんだか納得できてしまって、受け入れられてしまう。
そう考えると、この映画自体も情報操作というかある種の“話術”ということができるのかもしれない。実際の生活でこのニック・ネイラー見たいな男に出会ったら反発してしまうのだろうけれど、この映画の語り方で彼に接するとついつい共感してしまったりする。見終わって振り返ってみると、やっぱりいけ好かないやつなのだが…
ロビイストを主人公としているこの映画が描こうとしているのは、まずディベート社会であるアメリカについてだろう。アメリカの人々は“議論”によって物事を決める。そこには情報操作が入り込み、人々の意見は操作される。しかし、議論とは複数の意見をすり合わせるものであり、そこにはさまざまな技術がある。その中身ではなく技術によって優劣が決まるというのは腑に落ちなくもあるが、議論というのは昔からそういうものだ。この作品はそれの可否もやはりおいておきながら、アメリカ社会の実情を描き出しているのだ。最終的には「自分で決める」のだとニックは言うけれど、「自分で決める」ための情報をいかに得るのか、という部分が難しい。そのことをこの作品は指摘しているのだろう。
そして、最後にもうひとつのメッセージがひっそりと出てくる。それはウィリアム・H・メイシー演じるタバコ反対の上院議員が過去の映画作品のタバコをCGで別のものに入れ替えようという活動についてしゃべっているシーンだ。このシーンはさらりと流されるが、これは実際にあったことで、そのナンセンスさを通じて何でも規制し制限しようという映画業界に警鐘を鳴らしたのだろう。
監督はジェイソン・ライトマンは『ゴーストバスターズ』などを監督したアイヴァン・ライトマンの息子らしい。自分も父親と同じ道を歩んだから、この親子の物語に共感したのだろうか。
私は彼のコメディ・センスは結構いいと思う。序盤で出てきた“タバコ・ワン”にはうっかり笑ってしまった。新作もまもなく全米公開されるらしいので、それにも期待したい。