シッコ
2008/4/16
Sicko
2007年,アメリカ,123分
- 監督
- マイケル・ムーア
- 脚本
- マイケル・ムーア
- 撮影
- クリストフ・ヴィット
- 音楽
- エリン・オハラ
- 出演
- ドキュメンタリー
5000万人が医療保険に未加入のアメリカ、自己で指を切断した男性は接合手術が中指なら6万ドル、薬指なら1万5千ドルといわれ、薬指を選択した。医療保険に入っていても何やかやの理由で保険適用を断られ、治療を認めない監査医には高給が支払われる。
アメリカの医療制度の矛盾をマイケル・ムーアが鋭く突っ込む世界の保険医療制度入門映画。日本もこうなってしまうのではないかと空恐ろしくなる。
アメリカの医療保険制度はひどくて、アメリカで病気になったり怪我になったら大変だという話は良く効く。TVドラマなんかでも保険会社によって受けられる治療が違ってきたり、時には入院できなかったりという状況もよく描かれている。しかし、実際どんなものなのかというのはアメリカに住んだことがあるわけではないので、よくわからないというのが実際のところだ。この作品はその部分をわかりやすく解説、アメリカの医療制度が保険会社を太らせるためにどのように歪められてきたかが良くわかる。
基本的な問題は病気になったり怪我をしたりするととにかくお金がかかるということだ。中流の生活をしていた中年夫婦が夫の3度の心臓発作と妻のガンで破産し、子供の世話にならなければならないという理不尽、まさかのときに生活を脅かされないのが保険のはずなのに、その大前提がまったく果たされていないものは保険などではない。そして、そのことがアメリカでは当たり前になっていることが恐ろしい。カナダ、イギリス、フランスを訪ね、そこの医療制度について取材し、そこに住むアメリカ人と話すマイケル・ムーアは医療が無料であることに驚きを隠せないし、そこに住むアメリカ人も最初はそうであったというのがアメリカにおける問題の根深さを明らかにする。そして今も“社会主義”に対する嫌悪感と恐怖心がそこまで強いのかということにも驚かされる。
日本では被保険者の1部負担というのが当たり前で、私たちはたとえば風邪を引いて医者に行ったら数百円から数千円というお金を払うのを当たり前に思っている。まあそのくらいの負担ならいいかなと思っていて、それが当たり前だと思っているわけだが、イギリスでは出産費用が無料だったりというのを聞くと、もちろんそういう制度のほうがいいとおもう。
しかし、実際のところ、そのような福祉が充実した国々というのは間接税の税率が高かったり、税金に対する不公平感があったりする。イギリスでもフランスでも移民が問題になっているし、必ずしもいいことばかりではないのはいうまでもない。しかしアメリカで問題なのは、市民の負担のもとに利益が吸い上げられ企業トップや政治家に還元されているということだ。権力者が国民を脅して利益を独占する、それが問題なのは間違いない。
この作品を見て、マイケル・ムーアはなんだか丸くなったというか、普通になったという感じがした。これまでの作品はエキセントリックな行動で、シニカルな笑いで社会に問いを投げかけていたけれど、今回はストレートに恵まれない人々のために行動しているように見える。マイケル・ムーアのトレードマーク「突撃取材」も影を潜め、丹念に、しかしお金をかけてレポートを作っているという感じだ。多分、この問題はどうしても多くの人に伝えたかったということなのだろうけれど、こんな風にいい人ぶって、しかも一面的な味方しか伝えないというのはどうも始末が悪いとも思う。この作品を見るとカナダやフランス(あるいはキューバ)に移住すればすべてが解決するような話に見えるが、決してそんなことはない。マイケル・ムーアのよさは既成概念を突き崩すことだったのに、今回はある一方の意見に与しているだけで、2項対立構造を崩そうとはしていない。これはなんだか『不都合な真実』の居心地の悪さにも似ていて、アメリカでは昨今はこんなドキュメンタリーがもてはやされたりするのかなぁ… などと考えてしまう。
しかし、これは見るべき作品。鵜呑みにしてはいけないけれど、これが現実の一側面であるのだから。。