サラエボの花
2008/7/4
Grbavica
2006年,ボスニア・ヘルツェゴヴィナ=オーストリア=ドイツ=クロアチア,95分
- 監督
- ヤスミラ・ジュバニッチ
- 脚本
- ヤスミラ・ジュバニッチ
- 撮影
- クリスティーン・A・メイヤー
- 出演
- ミリャナ・カラノヴィッチ
- ルナ・ミヨヴィッチ
- レオン・ルチェフ
- ケナン・チャティチ
サラエボに暮らすエスマとサラの母娘。サラは父親がシャヒード(殉教者)であることを誇りに思い、同じシャヒードの遺児であるサミルと仲良くなる。エスマはナイトクラブで働いてサラの修学旅行代を稼ごうとするがなかなか稼ぐことが出来ない。そんな時、サラはシャヒードの子供は修学旅行がただになると聞き母に言うのだが、エスマはその手続きをしようとしない…
ボスニア・ヘルツェゴヴィナの内戦の爪あとを生々しく描いた感動のドラマ。2006年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞した。
ボスニア内戦は第二次大戦後のヨーロッパで最悪の戦争といわれる。ほんの昨日まで隣人同士だった人々が銃を向け合い、憎しみあう“民族”というもののかたくなさと不条理がそこにはあった。この作品の主人公となるエスマは女たちが集う集団セラピーに通う。しかし、それはそのセラピーに通う被害者達に与えられるわずかばかりの支援金が目当てで、その集まり自体が彼女の救いになっているわけではない。
彼女の救いは娘のサラである。娘のためにナイトクラブで働き、修学旅行に行かせるために友だちに借金を頼む。母娘の仲はいいが、シャヒードである父親のことを語らない母に娘は不満を募らせていく。母親が父親の何かを隠している、そしてボスニア内戦の話である、母親は集団セラピーを受けている、ということは明らかになっているから、その事情を知っている人ならば、エスマがサラの父親について隠してことというのは容易に想像が付く。内戦が終わって12年という歳月は長いようで短く、戦争の傷跡はまだまだ残っているのだ。事情を知らない人ならば、その内容に衝撃を受けるはずだ。その人のためにその事情を書くことはしないが、知っておくべきことであることは間違いない。
その同じ題材が描かれていたのがサラ・ポーリーが主演した『あなたになら言える秘密のこと』だった。と書くと、その作品についてネタばれになってしまうのだが、まあどちらかといえば『あなたになら言える秘密のこと』のほうがメジャーな作品だから問題はないだろう。その事件の生々しさという点ではこちらの『あなたになら言える秘密のこと』のほうが衝撃度が大きかった。しかし、サラエボという土地の人々を描き、いまも残っているその影響を描いているという点ではこの『サラエボの花』にはこの作品のリアリティがある。
この作品のリアリティは、サラがごく普通の思春期の少女であるという点にある。彼女と友だちと学校と街を見ると、ヨーロッパのどこにでもある街と同じに見える。思春期の少年少女たちは異性に興味を覚えたり、いじめがあったり、ちょっと悪いことに手を出したりする。しかしシャヒードという死者とサミルが持ち出す拳銃がこの街の特殊性を示す。サラエボは普通の街に戻りつつあるが、そこに暮らす人々はまだ傷だらけなのである。この作品はそのことをエスマとサラのさりげない日常の中に描きこむ。そこが素晴らしい。
そして、だからもちろんこの映画に大団円はない。彼女たちはやはりこれからも傷を抱えて生きていかなければならない。その痛ましさこそがこの作品が真に訴えることなのだろう。