香華 前篇
2008/9/24
1964年,日本,88分
- 監督
- 木下恵介
- 原作
- 有吉佐和子
- 脚本
- 木下恵介
- 撮影
- 楠田浩之
- 音楽
- 木下忠司
- 出演
- 岡田茉莉子
- 乙羽信子
- 田中絹代
- 杉村春子
- 北村和夫
- 岡田英次
明治末期、紀州の旧家の娘郁代は自分の娘朋子を置いて庄屋の家に後妻に入るが、うまくいかず夫と新しく生まれた子を連れて東京へ出奔する。母が死ぬと朋子を静岡の旅館に奉公に出すが、まもなく自分も同じ旅館へ花魁としていくことになる…
母と娘の愛憎を描いた有吉佐和子のベストセラーの映画化。2部構成になっており、その前篇。
この作品で秀逸なのはなんと言っても乙羽信子だ。登場からして自分の娘を母親に預けて別の家に後妻に入るというかなりすごい設定。しかも後妻に入る理由が、そのほうが楽できるからというのだから、その身勝手さはかなりのものである。この郁代の身勝手な性格がこの物語を揺り動かす震源となる。そして乙羽信子はその郁代を本当に見事に演じている。
娘の朋子のほうは、不遇な境遇にもめげずに母への愛情を抱き続ける。郁代はその朋子の愛情にこたえるのではなく、逆にそれに甘えて身勝手を尽くす。そのように身勝手なゆえに郁代はいつまでも若い。理由があって朋子と同じ旅館に花魁として入るときにも朋子がすでに13歳であるにもかかわらず、25歳と偽り朋子とのことはおくびにも出さずに花魁になる。そして朋子に引き取られて東京に行くと、その若さには磨きがかかり、身勝手さが子供じみた天真爛漫さにも見えてくるのだ。自分の気に入らないことがあると憮然とし、何かを求めるときにはしなを作り、楽しいときにははじめたようにはしゃぐ、その変わりようこそがこの作品にとって最も重要であり、乙羽信子が演じるとその人物がそこに生きているかのように見えてくるのだ。
ここまでひどくはないが私たちの周りにもこういう身勝手な人というのはいる。本当にいらいらするのだが、それがたとえば身内であったりしたら我慢するしかないし、そういう人にもどこかいいところがあるものだ。この作品の中で郁代のいいところというのはなかなか見出せないが、機嫌がいいときの彼女の明るさというのは周囲にも喜びを与えるのではないかと思う。
この第1部は関東大震災がおきたところで終わる。明治から大正、おそらく昭和まで続く親子の物語、映画全体の評価はやはり後篇を見てからということになりそうだ。
この頃(昭和30年代)の映画に2部構成のものが多いのは、日本映画の黄金時代といわれてこの頃、映画は毎週末新しい映画が封切られ、2本立て3本立て上映だった。だから長い作品は2部に分け、2週に分けて封切をしたり、1部と2部を2本立てとして一気に封切したりした。この作品もおそらくそうだろうが、前篇のこの切れ方からすると、後者ではないかと思われる。
と思って調べてみたら、この作品が封切られたのは1964年の5月24日、同日に封切られたのは「39年大相撲夏場所 前半戦 」という記録映画だけだから、やはり一気に封切されたと考えられる。ちなみにこの1964年の5月の1ヶ月に松竹だけで39本もの作品が封切られている。本当にこの頃の日本映画の勢いというのはすごかったのだなぁ…