クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡
2004/5/6
1997年,日本,96分
- 監督
- 原恵一
- 原作
- 臼井儀人
- 脚本
- 原恵一
- 撮影
- 梅田俊之
- 音楽
- 荒川敏行
- 宮崎慎二
- 出演
- 矢島晶子
- ならはしみき
- 藤原啓治
- こおろぎさとみ
- 郷里大輔
- 山本百合子
成田空港に降り立った外国人を迎えるホステス軍団、その外国人が大事そうに持つビーダマのようなタマを奪い取ったオカマ軍団。カーチェイスを逃げ切ったオカマのひとりがかわらで寝ているところにしんのすけがやってきた。しんのすけは落ちていた玉を見つけ、それを拾って帰ってきてしまう。しかし、妹のひまわりがそれを飲み込んでしまった…
ひとつのタマをめぐって争う二つの一族の争いに野原家の面々が巻き込まれるというアドベンチャー物語。笑いはいつものように下品なネタを織り交ぜつつ、映画には子供向けとは思えないクスグリが大量に盛り込まれたクレヨンしんちゃんシリーズの傑作のひとつ。
この映画はクレヨンしんちゃんの映画シリーズとしては、原恵一が監督としてクレジットされた最初の作品である。もはや言わずもがなかも知れないが、この原恵一が監督したクレヨンしんちゃんの映画の質は非常に高い。もちろん『オトナ帝国』と『戦国大合戦』がその代表作となるわけだが、この作品もそれに負けず劣らず質は高い。しかし全体的に見ると、テレビアニメの段階での単純なギャグ(とくに下品だといわれるネタ)が目に付き、1時間半の映画としては内容が薄いと言うこともできるかもしれない。
しかしそれでも、そんなテレビの単純さを越えたギャグもあり(映画の後半、彼らが東京に戻るシーンで大爆笑してしまいました)、もちろんプロットの方も複雑化している。これはただ30分のアニメを3倍に引き伸ばしただけのものではなく、30分では表現できない何かを作り上げた作品なのである。
まず感心するのは、冒頭に登場するオカマと、そのキャラクターの設定である。オカマ3兄弟をコミカルに描くのは当然だが、それを決してマイナスのイメージにせず、しかもフリークだとか、異質なものとして扱おうとはしない。オカマであることがただのネタであるかのように、ただただ陽気で面白い人たちとして描いている。もちろん現実は必ずしもそうではないのだが、オカマのまさにゲイとしての陽気な部分だけを取り出して、そこに人情味を加えて、すごくいいキャラクターに仕上げている(その点からすると、最後のオチは少々悪乗りしすぎという印象もあるが…)。
そしてよく練られたプロットというのも原恵一の作品(脚本)の面白みのひとつである。非常に単純な物語構造でありながら、登場人物に様々な役割を分担させ、脇役までうまく使って物語を組み立てる。それは勧善懲悪/善悪二元論とは異なる構造が根底にある非常に面白く、しかも示唆深い物語の作り方なのだと思う。
そしてさらに、他の作品にも共通する要素としてあるのが、「懐かしさ」である。この「懐かしさ」こそが原恵一作品のコアの部分になるのだと思う。物語の基礎として歴史/伝説があるというのがまず土台となって、その上に現代的なものよりも「懐かしい」ものを載せていく。しんのすけの世代(世代とも言えないくらいのものだが)よりも、その親たちの世代が喜ぶような素材を映画に載せていくのである。それは別にことさらに親たちに訴えかけようとしているわけではなく、そもそも彼が紡ぎたい物語がそのようなものなのだと思う。 その「懐かしさ」がストレートに表に出て、問題化されたのが『オトナ帝国』なわけだが、そこに至る前にも「懐かしさ」がテーマのひとつ(あるいはエッセンス)となっていることからもそれはわかる。
それと比べると、この映画では「懐かしさ」はストレートに表れることはあまりなく、田舎の風景や、一昔前のアクション映画のような刑事(多分『ダーティー・ハリー』)を通して現れてくる(みさえの歌はもっともストレートに「懐かしさ」を呼び起こす部分かもしれない)。そのためにテレビ版のクレヨンしんちゃんからそれほど外れることなく、映画として成立することになった。 『オトナ帝国』は一本の映画としては非常に面白いわけだが、それ以前にクレヨンしんちゃんであると考えると、その世界観がテレビ版とはあまりにかけ離れてしまって、根本的に違うものなのではないかという疑問が浮かぶことも確かである。それに比べるとこの作品は「クレヨンしんちゃんらしい」映画であり、(今から見れば)物足りなさを感じもするが、これで正しいのだという気もする。
というわけで、プロットの面白さやら「懐かしさ」やら、原恵一作品の面白みが十分に詰め込まれた映画ということなわけだが、さらに深く読んでいけば、いろいろと面白いものが見えてくる。主なものは様々なものに対する風刺であり、いろいろなもののパロディである。それをじっくりと楽しむのも大人の見方として面白い。しかし、「7人の侍」がああ意図も簡単にやられてしまうのは、いかがなものかねぇ…