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ベストセラー

スキャナー・ダークリー

★★★.5-

2007/6/26
A Scanner Darkly
2006年,アメリカ,100分

監督
リチャード・リンクレイター
原作
フィリップ・K・ディック
脚本
リチャード・リンクレイター
撮影
シェーン・F・ケリー
音楽
グレアム・レイノルズ
出演
キアヌ・リーヴス
ロバート・ダウニー・Jr
ウディ・ハレルソン
ウィノナ・ライダー
ロリー・コクレイン
preview
 近未来のアメリカ、“物質D”と呼ばれる強力なドラックが蔓延する社会で覆面麻薬捜査官のボブ・アークターはその物質Dの供給源を探るためジャンキーのジムやアーニーを居候させ、ドナという女性に近づいた。しかしそのためには彼自身も物質Dを飲まなくてはならず、徐々に中毒に陥っていく。
  フィリップ・K・ディックの「暗闇のスキャナー」(映画公開にあわせて原作の題名も「スキャナー・ダークリーと改められた」)をリチャード・リンクレイターが『ウェイキング・ライフ』でも用いたデジタル・ペインティングで映画化。はっきりいって実写にしたほうがよかったと思うが、それなりに面白い。
review

 この映画の面白さはフィリップ・K・ディックの原作に尽きる。前半、ジャンキーのわけのわからない会話などに時間が割かれ、なんとも散漫というか空虚な印象だが、この空気こそがフィリップ・K・ディックらしさという感じがする。未来というのは誰もが自由に発想することができる場所だが、ディックはそこにあえて暗さを持ち込み、今ある現実が進むであろう悲観的な未来像をそこに示す。しかもその多くは劇的ではなく、人間や社会の細部から崩壊していく世界なのである。このジャンキーを巡る前半部分はそのディックの描く世界像に一致している。それは非常に荒廃し荒んだ未来である。現在のわれわれはそこに希望を見出すことができない。
  そして、リチャード・リンクレイターがこだわるデジタル・ペインティングもこの世界観にはマッチしている。デジタル・ペインティングというのは基本的には実写で撮った映像をアニメーション化し、そこにさまざまな映像を足し引きすることで実写の特殊効果では出せない表現も可能にするというもので、非常に手間とコストがかかるといわれる。しかし、その割にはどうも違和感を覚える部分も多い。実写のリアリティとも、アニメの作り物としての文法とも違う表現であるだけに、どちらの見方をすればいいのか迷うし、そのように迷うところでは“リアル”と認識しうる映像とのギャップが見えてしまう。それはたとえば単純に車が走るシーンだったり、人が歩いているだけのシーンだったりするのだが、そこここに動きのぎこちなさというのが散見される。
  この程度の効果なら、実写にして特殊効果でやってもいけたような気もするが、リチャード・リンクレイターはなぜかこだわる。この作品は前半で見事にフィリップ・K・ディックの作品世界を表現し、終盤では映画的なストーリーテリングも見せていて、展開としては非常に面白いものだと思う。難解なディックを映像で表現するという難しさを乗り越えて、うまくまとめているのだ。だからこそ、この映像の粗が残念だ。

 フィリップ・K・ディック作品の映画化といえばなんといっても『ブレード・ランナー』が有名だが、それ以外でも『トータル・リコール』『マイノリティ・レポート』『ペイチェック 消された記憶』とメジャーな作品が並ぶ。しかし、『ブレードランナー』以外ははっきりいって、フィリップ・K・ディックのらしさを完全に消去して、彼のストーリーの面白さだけを利用したエンターテインメント作品でしかない。原作を読むと本当にそこには重厚な世界があって、(好き嫌いは分かれるにしろ)力強さを感じるのだが、多くの作品はその“らしさ”を拭うことで映画化を容易にしているのである。
  その意味では、この作品は『ブレードランナー』以来およそ25年ぶりにフィリップ・K・ディックに真っ向から挑んだ作品だと評価することもできる。ただ、この作品にしてもディックの作品が同時に持つ悪趣味さは冒頭の“虫”のシーン以外では表現することができなかった。この悪趣味さという点だけで言うと『トータル・リコール』に軍配が上がるだろう(『スクリーマーズ』というB級映画)もある。
  フィリップ・K・ディックは好んで映画化されるが、実は非常に映画化するのが難しい作家なのだろう。

Database参照
作品名順: 
監督順: 
国別・年順: アメリカ2001年以降

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