Bacheha-ye Aseman 
1997年,イラン,88分
監督:マジッド・マジディ
脚本:マジッド・マジディ
撮影:バービズ・マレクザデー
出演:ミル=ファロク・ハシェミアン、バハレ・セッデキ、アミル・ナージ

 アリは両親の手伝いもし、学校でも優秀な9歳の少年。しかしある日、買い物の途中で直してもらったばかりの妹の靴をなくしてしまった。貧しいアリの家では新しい靴を買ってもらうこともできるはずがなく、アリは妹と自分の靴を二人で交代で使って学校に行くことにするが…
 イランの新鋭監督マジッド・マジディが描いたみずみずしいイランの少年の生活。少年が走る場面がたびたび出てくるので、キアロスタミの「ともだちのうちはどこ?」を思い出してしまう。ちょっとそのあたり新しさにかけたかもしれないが、イラン映画らしい心温まる作品に仕上がっている。

 すべてがすごくオーソドックスに撮られ、物語も一定のペースで進んで行く。簡単に言ってしまえば、よいこの少年が一生懸命がんばるという話。しかし、そこには貧富の差があり、思うようには行かない。けれど、強く生きて、がんばれば何とかなるよ、という少々説教くさい話。映画としてはなんとなく子供向けなのかな、という気もしました。
 イラン映画といえば、アッバス・キアロスタミ、そして少年ものという呪縛からやはり逃れられないのだろうか?
 イラン映画に少年ものが多い理由は、映画に対する制限の問題であるらしい。簡単に言えば検閲。政治に対して批判的な映画などは検閲ではねられてしまうというし相当性が存在している。しかし、その制限の中でも、イラン人がめれば「ははん」とほくそえんでしまうような風刺がこめられていることも多いらしい。その辺りは日本人の我々には感じることができないことなのだけれど、「制限」というのは映画にとっては必ずしもマイナスばかりではなく、プラスの面も持っているのだということを実感した。映画というものには常に制限が付きまとうもので、技術的な限界や予算という問題はどこで映画を撮っても避けられない問題なのだ。その「制限」の中でとることが映画をとる楽しみだという監督もいた。

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