オー・ブラザー!

O Brother, Where are Thou ?
2000年,アメリカ,108分
監督:ジョエル・コーエン
原作:ホメロス
脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:T=ボーン・バーネット
出演:ジョージ・クルーニー、ジョン・タートゥーロ、ティム・ブレイク・ネルソン、ジョン・グッドマン、ホリー・ハンター

 1930年代アメリカ、屋外での労働中に脱獄した囚人の3人組が、その一人エヴェレッとが隠したが、まもなくダムができて水没してしまうらしいという宝を手に入れるべく旅をする。
 ホメロスの「オデュッセイア」を原作とした映画で、全体的に寓話じみた雰囲気を持つ。コーエン兄弟らしい細かい演出は健在。

 コーエン兄弟の作品には何か共通した世界観があり、それはなんだかやわらかさというかやさしさというか、とがっていないところ。「ミラーズ・クロッシング」のようなフィルム・ノワール的な作品でもそれがある。そのコーエン兄弟がアメリカ南部、古きよき時代をしかも「オデュッセイア」で描くとなると、そのやわらかさがさらに強まることは見るまえから予感できる。しかも甘いマスクのジョージ・クルーニー。
 そして、予想通りのやさしい映画。コーエン兄弟の作品は全体なやさしさの中にどこか刺があるのがもうひとつ特徴といえるのですが、この映画ではその刺が欠けている。ジョージ・ネルソンはかなりコーエン兄弟らしいキャラクターですが、やはりスティーヴ・ブシェミがいないのが問題なのか…
 うーん、すべてが微妙です。「オデュッセイア」が原作というのも、収まりどころがわかるというのと、ここの登場人物がどこにはまるのか考えてしまうという点で映画自体への注意が散漫になるという問題もある。
 しかし、やはりコーエン兄弟の細かい作りこみは健在で、一番それを実感したのは、ジョン・グッドマンが熱弁を振るう場面で、彼の眼帯が徐々に汗で染まっていくところ。あとは、ジョージ・クルーニーのひげがきちんと着実に伸びていくところ。その辺の気配りはさすがというところ、しかもハリウッド資本で資金も潤沢にあったのでしょうか。
 という微妙な映画でしたね。失敗作ではないけれど、あまりらしさが感じられない。ジョージ・クルーニーはなかなかいい味を出していたけれど、コーエンワールドの住人にはなりきれていない。

赤ちゃん泥棒

Raising Arizona
1987年,アメリカ,95分
監督:ジョエル・コーエン
脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
撮影:バリー・ソネンフェルド
音楽:カーター・バーウェル
出演:ニコラス・ケイジ、ホリー・ハンター、ジョン・グッドマン、ウィリアム・フォーサイス

 コンビニ強盗を繰り返し、刑務所に出たり入ったりの男ハイは警察官のエドと恋におち、何度目かの出所後結婚。幸せに生活をし、子供が授かる日を夢見ていたが、ある日エドが不妊症であることが発覚。悲嘆に暮れていたそんなとき、アリゾナで五つ子が生まれたというニュースを目にする…
 コーエン兄弟にニコラス・ケイジという、当時売り出し中だったいまや大物どうしの組み合わせ。コーエン兄弟のスタイルはいまも変わらずだが、なんとなく若さも感じるような、感じないような。

 冒頭からコーエン兄弟らしい不思議な雰囲気。得意の反復によるユーモラスな雰囲気作り。刑務所の面接官の妙に非人間的な動きなどなど「ああ、コーエン兄弟ね」と思わずにいられない感じで始まります。全体的に言ってもコーエン兄弟(というよりコーエンファミリー)らしさ全開で、バリー・ソネンフェルドの動的カメラワークも冴えに冴えます。特に手持ちのアクションシーンはこの映画が15年も前であることを考えると(技術的に言って)すごいことになっている。手持ちであることを意識させないようなスムーズなカメラワークが素晴らしい。最近のドキュメンタリー「タッチ」のぶれぶれカメラとは一味違う(どうしてドキュメンタリータッチをそんなに敵視するのか?)。カーター・バーウェルの音楽もいつもどおりの不思議な齟齬感を含みながら映画をしっかり引き立てる。
 今回何年ぶりかに見ていて気づいたのは、脱獄のシーンが「ショーシャンク」と似ている。もちろんこちらのほうが前ですが、泥まみれで穴から抜け出して叫ぶ。ジョン・グットマンとティム・ロビンスという大きな違いはあり、どうしても落ちをつけずにいられないという違いは出てきてしまうものの、基本的な撮り方なども同じ(だったと思う)。「ショーシャンク」が先で、こっちがパロディというなら話はわかりやすいのですが、順番も逆で「ショーシャンク」には原作もあるというところでかなりの不思議を感じてしまいました。
 さらなる元ネタがどこかにあるのだろうか? どっかで見たような気がする… 何だろう、「大脱走」じゃないし… 知っている人がいたら教えて下さい…

ミラーズ・クロッシング

Miller’s Crossing
1990年,アメリカ,115分
監督:ジョエル・コーエン
脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
撮影:バリー・ソネンフェルド
音楽:カーター・バーウェル
出演:ガブリエル・バーン、アルバート・フィニー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ジョン・タトゥーロ、スティーヴ・ブシェミ

 1929年、アメリカ。街のボス・レオは腹心のトムに全幅の信頼を置いていた。トムは孤高の男で、賭けの借金がかさんでもレオに頼ろうとはしなかった。一方、街では最近イタリア系のギャング・キャスパーが勢力を伸ばしつつあった。そんなある日、レオの情婦ヴァーナが夜中トムのもとを訪れる。
 そこらのギャング映画とはまったく違うコーエン兄弟独特の雰囲気がすべてを染める。ストーリー、フレーミング、音楽、カメラの動き、どれをとっても一級品のコーエン兄弟渾身のフィルム・ノワール。

 やはり、この演出力とカメラの動かし方、音楽の使い方と何をとっても圧倒的な力を持つ作品。それが最も現れているシーンは、レオが機関銃を持った殺し屋に襲われるシーン。蓄音機から流れるオペラに乗って、ものすごい撃ち合いが、想像だにしない形で映像化される。
 この作品で一番目を引くのは被写体の大きさの急激な変化。アップでとらえていた人を急にひきの画で撮ったり、もちろんその逆があったり、ズームアップやトラックアップも変化をつけて使っている。最近非常によく使われるコマ送りのようなズームアップ(分かるかな?これで)が、しっかりと使われていることもいま見るとかなり目をひく。
 他にもたくさん書くことはありそうですが、例えば、小さな繰り返しの使い方。一番大きいのは帽子、それからミラーズ・クロッシング(十字路)の遠景。だけれど、クラブの表札、トムの部屋の電話などなど、最初は何の説明もなくポンとでてくるものが繰り返されるうちに、終盤にはぱっと画面に登場しただけで、それが何であるかが分かるような演出。そのあたりもかなり周到な計算が感じられる。
 あとは、微妙に語られるホモセクシュアルのことなんかもいいですね。ホモセクシュアルな三人の関係性は実はトムとレオとヴァーナの関係性と完全に対照のものとして物語に大きな役割を負っているにもかかわらず、それをこの20年代という時代にあわせて、隠してしまう。これもまたかなり微妙でうまい脚本といいたいところ。

ブラッド・シンプル/ザ・スリラー

Blood Simple
1983年,アメリカ,95分
監督:ジョエル・コーエン
脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
撮影:バリー・ソネンフェルド
音楽:カーター・バーウェル
出演:ジョン・ゲッツ、フランシス・マクドーマンド、ダン・ヘダヤ、サム=アート・ウィリアムズ

 真夜中の一本道を走る車の中、酒場で働くレイはボスの妻であるアビーに好きだという気持ちを打ち明けた。そして2人はそのままモーテルへと向かった。しかし翌朝、モーテルの部屋の電話が鳴る。それはアビーの夫マーティだった。
 アビーの浮気を発端にドミノ倒し的に展開されてゆく事件、また事件。デビュー作ながらすでにスタイルを確立させていたことが感じさせる、言い知れぬ怖さと不気味なユーモアにあふれた作品。いまや売れっ子のバリー・ソネンフェルドもカーター・バーウェルもこれがデビュー作とは驚かされる。

 最初の車のシーンから非常にこった作りで、やはりコーエン兄弟は映像的工夫無くしては語れないということを実感。コーエン兄弟の何たるかを知っている今となってはあまりにコーエン兄弟らしい作品に驚かざるを得ない。
 最もコーエン兄弟らしいと感じるのはストーリー。登場人物たちは自らの意志で動いてはいるのだけれど、なんとなく不思議な力に突き動かされてしまうような感覚。しかもそれが悪い方へ悪い方へと進んでいる慣性を持っているのが常。この映画でも「ファーゴ」の誘拐犯たちのように、みながみなはまらなくてもいいはずの深みにはまっていってしまう。なぜそうなってしまうのかはわからないけれど、どうしてもそうなってしまう。その辺の分からなさがやはりコーエン兄弟らしさなのでしょう。そして面白いところ。
 本当は、しっかりとどこがどう面白いのか分析しなければならないのでしょうが、私にはわかりません。分からなさがいいとしかいいようがない。分かってしまう人もいるのだろうけれど、私はわからなくていいです。分からないまま見るからますます分からなくなっていくそんな悪循環?

未来は今

The Hudsucker Proxy 
1994年,アメリカ,111分
監督:ジョエル・コーエン
脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン、サム・ライミ
撮影:ロジャー・ディーキンス
音楽:カーター・バーウェル
出演:ティム・ロビンス、ポール・ニューマン、ジェニファー・ジェイソン・リー、チャールズ・ダーニング、スティーヴ・ブシェミ

 重役会議中突然、社長がビルの44回から飛び降り自殺。会社の経営は絶好調だったのに、いったいなぜ? このままだと会社が買収されてしまうことに危機を覚えた重役たちは脳タリンを社長にして株価暴落をもくろむことにする。彼等が目をつけたのは、たまたま重役室を訪れた新米郵便係のノービルだった。
 もちろん、重役たちの思うままに行くはずはなく、そこからの展開がコーエン兄弟の腕の見せ所。やはりコーエン兄弟というところも多々あるが、「ファーゴ」や「バートン・フィンク」と比べると少々パンチが弱いかもしれない。
 しかし、それは逆に安心して見られるということでもあるかもしれない。誰でも気軽に楽しめるという意味では良い作品。

 確かに、コーエン兄弟の作品で、コーエン兄弟の映像で、コーエン兄弟のひねりようなんだけれど、どうも弱い。ティム・ロビンス演じるノービルがずっと「まぬけな顔」といわれるところは、『ファーゴ』でブシェミが「変な顔」と言われつづける場面を思い起こさせるし、地下の郵便室の映像なんかは、『バートン・フィンク』のあの暗澹さに似通っている。
 でも、それだけなんですよ。筋だって大体予想がつくし、映像の工夫だって、「ふーん」とは思うけど、驚くほどではない。くすりとするけど、爆笑するわけでも、始終ニタニタしてしまうわけでもない。たとえば、最初の社長が飛び降りるシーンなんて、かなり面白いのだけれど、それはただ単にあの場面が面白いというだけで、作品全体の面白さにはつながってこない。
 どうしたんだろう、コーエン兄弟。おそらくこの映画を評価する人もかなりいると思いますが、私はちょっと納得いかない。いや、面白いんですよ。面白いんですけど、「もっとできるよコーエン兄弟」と言いたい気分にさせます。 やはり、見たのが2回目だったからでしょうか? 1回目見た時はもっと楽しめたような気がします。でも、本当にいい映画は何度見ても楽しめないとな…「ビッグ・リボウスキ」は2回目でもぜんぜん面白かったし。
 などなど、気持ちがプラスとマイナスに行ったり来たりですが、どうでしょうかね? 見た方はぜひ意見をくださいませ。