Carandiru
2003年,ブラジル,145分
監督:ヘクトール・バベンコ
原作:ドラウジオ・バレーリャ
脚本:ヘクトール・バベンコ、フェルナンド・ボナッシ、ビクトル・ナバス
撮影:ウォルター・カルバーリョ
音楽:アンドレ・アブジャムラ
出演:ルイス・カルロス・ヴァスコンセロス、ミウトン・ゴンサウヴェス、アイルトン・グラーサ、ロドリゴ・サントロ

 ブラジル最大の刑務所の一つであるカランジル刑務所、80年代にそこに医師として派遣された“先生”は劣悪な環境におかれた囚人たちとの間に絆を結び、信用されるようになっていた。しかし、そこはやはり囚人たちの世界、思いもかけないことが次々とおこる。
 実話をもとにした原作を『蜘蛛女のキス』のヘクトール・バベンコが映画化。信じがたい現実の迫力がある。

 定員以上に詰め込まれたカランジル刑務所に新たに派遣された医師、彼は人にあふれた刑務所の劣悪な環境を目にする。観客は同時にその刑務所の囚人たちに許された自由に驚く。そもそも囚人たちを仕切るのも囚人で、彼らは房の中で煮炊きをし、金属を加工した刃物までもっている。タバコはもちろん、マリファナ、クラックなどさまざまなドラッグが蔓延している。

 医師はそのドラッグや性交によって刑務所内に広がっているエイズの予防を主な仕事としているがもちろんさまざまな怪我や病を抱える囚人もやってくる。そして彼らが語る刑務所に入れられるまでの人生が小さなエピソードとして一つ一つ語られる。ふたりの女を愛しどちらとも別れられない男、姉に対する暴行の復讐で人を殺してしまった青年など。

 ここで驚くのはその話も含めて驚くべきことがすべて当たり前のことのように受け取られてしまっていることだ。この刑務所で起こっていることや彼らが語ることは私たち日本人の想像を越えてしまう。この医師は囚人の一人がクラックをやりながら別の囚人の傷を縫合しているのを見ても驚かず、縫合が正確なのを見ると何もいわない。

 場所は刑務所で、環境は劣悪ではあるけれど、そこには自由があり、刑務所の厳しさよりは楽園のようなのどかさが感じられるのだ。

 この作品の監督ヘクトール・バベンコといえばウィリアム・ハートが主演した『蜘蛛女のキス』で日本でも知られている。この作品はアルゼンチンの作家マヌエル・プイグの原作で、ラテンアメリカ文学の特徴であるマジック・レアリズムの要素を感じさせる作品だ。そして今回の『カランジル』に登場する“レディ”は『蜘蛛女のキス』でウィリアム・ハートが演じたモリーナを髣髴とさせる。

 そしてそれはこの『カランジル』にもどこかマジック・レアリズム的雰囲気を漂わせるのに一役買っている。この作品が描いているのは紛れもない現実だ。劣悪な環境の刑務所、そして物語の終盤に起きる暴動、これらは厳然たる現実である。しかし刑務所内の彼らの生活や彼らが語る暴動の推移はどこか現実離れした雰囲気も持つ。

 マジック・レアリズムとは現実ではありえないことを現実のように感じさせるものだが、この作品から感じられるのはラテンアメリカの(ここではブラジルの)現実というのは私たちにとってはまるで魔術的なもののように見えるということだ。果たして本当にこんなことが起こりうるのか。まったく信じがたいけれどこれは本当に実際に起こったことなのだ。

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