落語の世界を細かいところまで上手に描いていて気持ちがいい

2008年,日本,109分
監督:中原俊
原作:永田俊也
脚本:江良至
撮影:田中一成
音楽:遠藤浩二
出演:ミムラ、津川雅彦、益岡徹、伊藤かずえ、森本亮治、利重剛

 12歳のとき、大好きな叔父のために落語を覚えた香須美は落語の虜となり、大学では落研で学生コンクールで優勝、憧れの三松家柿紅に入門を願いでる。が、その3年後の現在、香須美は三々亭平佐のただひとりの弟子、平佐はテレビで問題を起こして現在謹慎中、香須美は肩身の狭い思いをしていた。
 落語界に飛び込んだひとりの女性を描いたコメディ・ドラマ。落語という素材を生かしたプロットや設定で、落語好きもそうでない人も楽しめる作品になっている。

 男社会の落語界に女性が入るというと、NHKの連続テレビ小説「ちりとてちん」がまず思い出される。この映画もそんな男社会で女性が苦労しながら成長する話なのかと思うと、そんな話でもありながら、それだけではない。

 作品のテーマとしては結局そういうことなのだが、この作品が取り上げるのは香須美の師匠の平佐が演者を呪い殺すという禁断の話を40年ぶりに高座にかけるという挑戦を描いたちょっとオカルトめいた物語である。

 女性落語家を主人公としながら、彼女自身の物語を中心に持ってこないことでこの映画は成功した。もしただ彼女だけの話にしてしまっていたらべたべたしすぎてちっとも落語的ではなくなってしまっただろう。そんな意味では香須美が大学の後輩から「ずっと好きでした」と告白されたことに対する処理の仕方も、平佐とTV局の女プロデューサーとの関係も落語的でいいと思う。

 落語ファンとしては、撮影場所となった末広亭の楽屋の様子を見ることができたりするのは嬉しい。落語監修として参加している柳家喬太郎が末広亭の高座でおなじみの枕を語っているのがほんの数秒映ったり、春風亭昇太が彼らしい役で特別出演しているというのもうれしい。

 津川雅彦の高座もうまい。彼の役は赤いバンダナを頭に巻いていかにも立川談志を参考にしたという落語家なので役作りもしやすかったのだろう。1本のネタを完全に高座にかけるとなったらどうかわからないが、1カット分の長さで演じられる落語を見る限りその辺の落語家に劣ることはないうまさだ。これがベテラン俳優のうまさというところだろうか。

 若い女性に落語ブームが続いていることもあって、女性の入門者は年々増えているというが、女性の真打はまだ少なく、女性落語家の地位は低い。この映画の中で益岡徹演じる三松家柿紅が言うように落語家を寿司職人にたとえて女性落語家を否定するというのもよく聞く。私はそれはあくまでも“慣れ”問題だと思うが、落語というのは基本的に男性の視点で作られているものが多く、女性がそのまま語ったのでは違和感がある噺が多いことも確かだ。

 落語というのは古典であっても話し手によってさまざまにアレンジがなされて個性が出るもの、男性であろうと女性であろうと、その話を自分のものにしてこそ本当の落語家になれる。女性のほうがその労苦は少し多いと思うが、きちんと消化して自分の噺として語ることができればどんな観客でも納得するのだと思う。

 こんな映画が作られている間はまだまだ女性落語家なんてのは動物園のパンダのようなもの。女性の真打が当たり前になって本当の人気落語家が女性から出てくれば落語という芸の幅も広がって、また違った形で映画にもなるかもしれない。ぜひ頑張って欲しいものだ。

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