俺もお前も

1946年,日本,72分
監督:成瀬巳喜男
脚本:成瀬巳喜男
撮影:山崎一雄
音楽:伊藤昇
出演:横山エンタツ、花菱アチャコ、山根寿子、河野糸子、菅井一郎

 サラリーマンの大木と青野はふたりでやる宴会芸が社長に気に入られ、ある日は得意先との宴会に、あるには社長の家の手伝いにと借り出される。4人の子供がいる青野は長女の結婚相手を大木に頼むが素っ頓狂な答えが返ってくるばかり。そんなある日、社長はふたりに骨休めに温泉に言って来いという。
 エンタツアチャコ主演の成瀬巳喜男戦後第2作。小市民を描いたコメディドラマで東宝と吉本の合同製作となっている。

 映画のはじめにはエンタツアチャコの芸をたっぷりと見せ、その後もドタバタコメディのような展開でまずはエンタツアチャコの面白さで観客を惹きつける。エンタツアチャコは戦前(昭和6年)に結成された漫才コンビで現在の「しゃべくり漫才」の祖といわれる。それまで漫才というのは「色物萬歳」という寄席の古典芸の一つで音曲を使ったものが多かった。エンタツアチャコは「しゃべり」を漫才の中心にすえることで現在の漫才のかたちを確立させたといわれる。横山ノックは横山エンタツの弟子で、ノックの弟子が横山やすしであることからも関西の漫才の祖であるといえる。

 そんなエンタツアチャコだが実はその寿命は非常に短く、昭和9年にアチャコの入院を機に解散している。ただ映画ではその後もコンビで出演し、この作品でも共演しているというわけだ。その人気者のエンタツアチャコの出演は敗戦直後の映画界では人々に明るさを与える要素として歓迎されただろう。

 成瀬巳喜男も戦後第2作でそれに乗っかった形になったが、そこは名匠、コメディ然とした導入から徐々に自分のドラマへと映画を転調していく。中心になるのはいやな仕事をさせられながら社長に頭が上がらないサラリーマンの悲哀である。それに対して大木の息子が労働者の権利を父親にとうとうと説き、世代間の考え方の違いと時代の変化を描く。

 折りしもこの映画が作られた1946年は東宝でストが頻発し、いわゆる“東宝争議”への機運が高まっていた時期、時代を読み取り、それを作品に反映させる成瀬らしい脚本ともいえるのだが、東宝にしてみればこんな作品を容認してしまって失敗だったと考えたかもしれない。

 そんな社会派の要素を組み込むのも成瀬らしさだが、この作品で最も成瀬らしいさえを見せたと私が思ったのは、“下駄”を使った語りである。大木が最初に家に帰ってきたとき、下駄の片方がなくなったというまったく物語とは関係ないエピソードが挟まれ、片方しかない下駄がしっかりと映される。そのときはなんだかわからないのだが、物語が終盤に差し掛かって大木と青野が社長にそれぞれが「下駄の片方ずつ」と評されることでそれが生きてくる。三和土に打ち捨てられた半端な下駄の虚しさをすら感じさせる映像がここで観客の頭に去来するのだ。

 72分という短い作品で決してそれほどいい出来とはいえないのだが、それでも成瀬は成瀬らしさを発揮し、面白い作品を作る。戦前はトーキーにいち早く取り組み、戦中は「芸道もの」というジャンルで戦時下という特殊な状況を跳ね除けた成瀬が、いよいよ自分らしさを発揮する前奏曲という感じでファンには見所のある作品となった。

静かなる決闘

1949年,日本,95分
監督:黒澤明
原作:菊田一夫
脚本:黒澤明、谷口千吉
撮影:相坂操一
音楽:伊福部昭
出演:三船敏郎、志村喬、三條美紀、千石規子、植村謙二郎、中北千枝子

 第二次大戦に軍医として従軍した医師の藤崎は手術中にメスで手を切ってしまうが、そのまま手術を続ける。そして後日、その患者が梅毒であったことを知り、検査をしてみると自分も梅毒に感染していることが判明した。復員した藤崎はそのことをともに病院でも働く父にも隠し、婚約者である美紗緒にも隠し、美紗緒を遠ざけようと死ながら、こっそりと治療薬であるサルバルサンの注射を打ち続けていた…
 当時東宝では労働争議がおき、撮影ができなくなっていたため、黒澤は大映で初めて作品を撮った。しかし起用した役者は東宝時代と変わらず、黒澤ワールドは健在。

 映画はいきなり豪雨で始まり、大映配給ではあっても「俺は黒澤だ」と主張しているかのようだ。黒澤が豪雨を多用するのは「よっぽどたくさん降らせないと雨が映らないから」だそうだが、黒澤の豪雨の力にはどうも圧倒される。私は昔から豪雨のシーンというのはなんだか圧迫されるような感じがしていやで、それは黒澤映画でも変わらず、豪雨のシーンが出てくると何だがイヤーな気分になる。この映画の場合はその嫌な気分というのは映画の狙いとマッチしているようでいいけれど、皆が感動する『七人の侍』の豪雨の中の合戦のシーンもなんだか嫌な気分になってしまい、なかなか「すごい」とは思えなかった。『羅生門』になると、門の下の人たちの閉じ込められたような気持ちを共有できていい。
 黒澤も別に豪雨が好きというわけではなく、本当は嫌だからこそ映画に多用したのだという気がする。豪雨で始まる映画などは基本的に鬱屈とした気分を表していることが多いし、『七人の侍』などは映画の勢い(あるいは撮影現場の勢い)が豪雨への嫌悪を打ち払ってしまったのだろうという気がする。
 この映画の場合、豪雨(2度出てくる)は鬱屈した気持ちの表れで、基本的に暗く静かな映画にさらに暗さを加える効果をあげている。映画全体のプロットの面白さを支える要因ともなっている。

 この映画のプロットの面白さというのはその複雑さにある。一つ一つはよくある話のようでありながら、それが組み合わさり、一人の人物に修練していくことでひとつの優れた物語が織りあがる。
 梅毒をうつされた男とうつした男。戦争で離れ離れになった恋人。自殺未遂をするところまで絶望した若い女。父と子。
 この映画では志村喬と三船敏郎の親子よりむしろ三船敏郎と千石規子が師弟の関係にある。この作品の前作は『酔いどれ天使』、次作は『野良犬』で、そこで志村喬と三船敏郎の師弟関係を描いているから、ここでは少し違う形の師弟関係を描こうと考えたのかもしれない。私はこの千石規子は非常にいいと思う。このキャラクターがいないと、ただの戦後の暗い物語になってしまうところを、ひとつの希望ある物語にする。千石規子はそのキャラクターにぴたりとはまる。実質的に黒澤明に見出されたといえる千石規子は『酔いどれ天使』でもなかなかいい味を出していた。黒澤映画にはこんな名脇役(準主役)がたくさんいる。

続姿三四郎

1945年,日本,83分
監督:黒澤明
原作:富田常雄
脚本:黒澤明
撮影:伊藤武夫
音楽:鈴木静一
出演:藤田進、月形龍之介、轟夕起子、大河内伝次郎、宮口精二

 前作『姿三四郎』で檜垣源之助を倒し、旅に出た三四郎が2年後に帰ってくる。その途中横浜で、アメリカ兵に殴られている人力車夫を助けてアメリカ兵を海に投げ飛ばし、招かれた大使館でスパーラー(ボクサー)と戦う柔術家に出会うが、三四郎は見るに見かねてその大使館をあとにしてしまう…
 続編を作ることを嫌う黒澤が、会社の要求でしぶしぶ作った『姿三四郎』の続編。何かの都合でカットされたのか、フィルムが損傷してしまったのかわからないが、黒澤らしからぬ不自然なつなぎの部分もあり、現存するプリントでは前作にはとても及ばない出来。

 さまざまな不満がありますが、それはもしかしたらプリントが悪いせいかもしれない。三四郎と檜垣鉄心の決闘の場面などは何をやっているのかよくわからない暗い画面が暗く、そのほかのシーンでもノイズが走っていたり、おそらく数コマ飛んでいるだろうと思わざるを得ないようなつながりになっていたりする。
 ということもあってなかなか評価するのは難しいのですが、これだけの映画だとすると他の作品より格段下がってしまうことは確かでしょう。最初のスパーラー(っていったのねボクサーのことを)の試合でダウンしたスパーラーと観客と三四郎をモンタージュで見せるところなどはなかなか緊迫感があって、そのあたりの映像の作り方などはさすがと思わせるところもあり、座禅を組んでいたら和尚が寝てしまったなんていうユーモラスな場面もある種の黒澤らしさではあると思う。
 それから、戦争直後(なんと1945年製作!)の日本国民のアメリカに対する心情を代弁しているともいえ、またアメリカなんていうのは日本の武士道精神からは外れた鬼畜なんだということを暗に言おうとしているということもわかる。そんなメッセージが読み取れるせいか、全体的になんだかエイゼンシュタインの映画に似ているような印象も受ける。
 そして、GHQの検閲でカットされたのかなどという邪推をしながら見たのですが、ざっと調べたところそのような情報はありません。

 しかし、本当はもっと長いんだと思ってみていたので、かってに物語を足してみたりしていました。具体的には、途中で出てきた左文字なんたらというのが、姿三四郎の弟子のようになって、そこで新たな「師匠-弟子」の関係が成立し、それによって三四郎が覚醒していくというようなことがあるのかな、と思ってみていたら、左文字はあっさりプロットからフェードアウト。
 小夜さんが今度はもっと絡んでくるのかと思ったら、突然最後の別れの場面に言ってしまい、その場面もなんだか切れ切れ。
 ということで、文句はたくさんありますが、それでも決してつまらなくならないところが黒澤のすごいところなのか。という気もしました。

姿三四郎

1943年,日本,97分
監督:黒澤明
原作:富田常雄
脚本:黒澤明
撮影:三村明
音楽:鈴木静一
出演:藤田進、大河内伝次郎、月形龍之介、志村喬、轟夕起子

 柔術を志していた三四郎は入門に行った師匠の闇討ちについていく。そこで何人もの達人をばったばったと投げる矢野正五郎にほれ込み、柔道の道に進むことにした。厳しい修行でみるみる強くなった三四郎は警視庁主催の他流試合に出場することになるが…
 脚本家としていくつかの作品の脚本を書いていた黒澤の監督デビュー作。戦時中に作られた作品だが、当時の少年たちは姿三四郎の姿に熱狂し、空前のヒットとなったらしい。
しかし公開翌年の再上映に際して、検閲によって15分ほどカットされ、戦争後もカットされた部分のフィルムは発見できず、現存するのは15分短いバージョンに解説をつけたものだけとなっている。

 若き黒澤監督は力強い作品を作った。しかし当時の日本を覆っていた雰囲気には逆らわなかったのか、はなから逆らう気がなかったのか、この映画からは日本のすばらしさとか強さというものが伝わってくる。徒手空拳でも外国に負けはしないというようなメッセージがこめられていると見ることもできる。もちろんこれはまったく批判ということではなく、時代性ということの感慨というだけです。
 さて、映画全体しては非常にわかりやすく、単純明快という感じですが、この映画から黒澤作品全体を通してテーマとなっていると考えられるのは、師匠と弟子の関係。それは必ずしも師匠と弟子でなくてもいいけれど、先輩と後輩とか、父親と息子とか、そういう形で繰り返し黒澤作品に登場するテーマである。それがこの作品の正五郎と三四郎の間にも見られる。素質はあるが精神的なものが足りない弟子を師匠がうまくコントロールして成長させるという物語。ほとんど同じといえるのは『赤ひげ』で、あとは『野良犬』などもその変形。この物語形態というのは単純に面白い。成長物語というのは人に勇気も与えるし、ユーモアを織り交ぜることもできるし、一種のヒーローものとして語ることもできるわけで、料理しやすい素材だったのかもしれない。
 あと、増幅された環境音が多く使われているのが印象的。黒澤映画といえばなんとなく音楽をうまく使っているという印象だが、この映画では音楽はあまりなく、環境音が強調されている。虫の声、風の音、などなどこれはある意味では極端な環境(豪雨、強風など)を好む黒澤のスタイルの萌芽であったのかもしれない。以後の作品では音で強風を表現するというのはあまり見た覚えがない。
 なんとなく、新しいものをつくろうとはしているけれど、戦争中という問題もあり、それほど大胆には切り込めないという口惜しさと、それでも従来のスタイルを利用して力強いものを作りうる力量との両方が伝わってくる感じ。
 村井と向き合ったときに、三四郎がひざのほころびを気にするところなどはいかにも黒澤らしいという気がした。
 なんだか、スポ根ものの原点という感じもし、当時の少年が熱狂したというのもよくわかる。

酔いどれ天使

1948年,日本,98分
監督:黒澤明
脚本:植草圭之助、黒澤明
撮影:伊藤武夫
音楽:早坂文雄
出演:志村喬、三船敏郎、小暮美千代、中北千枝子、山本礼三郎、千石規子

 闇市近くの薄汚れた建物に医局を構える眞田医師、そこにしゃれた風体の男がやってくる。男は手を打たれており、手から弾丸をとりだすが、咳が気になった眞田医師は結核の診察もして、その男に「肺に穴が開いている」と告げると、男はいきり立って医師に殴りかかってきた…
 無類の酒好きで毒ばかり吐く医師とぎらぎらした眼でその土地の顔にのし上がった若いやくざ。黒澤明がほぼ新人の三船敏郎を主役に抜擢し、終戦直後の混沌とした時代を描いた作品。『野良犬』対置してみると、当時の黒澤の世の中の見方がわかるかもしれない。

 三船は本当に新人とは思えないほどすばらしい。やはり全体に荒さは感じるものの、その荒さというのが時代性や松永というキャラクターにマッチしていて非常にいい。この作品を機に20本以上の名作を生み出したわけだから、黒澤の役者に対する眼力は相当なものだったのだろう。
 しかし、一方でこの映画だけを考えると、その三島演じる松永のキャラクターが一人浮きすぎているような気もする。基本的には眞田と対比させられ、人生の岐路で少し違う方向に進んだだけの二人という黒澤映画に頻繁に見られる構図がここにも見られる。たとえば野良犬の若い刑事と犯人、椿三十郎の三十郎と室戸半兵衛などがその対置構造にあるが、この映画でも眞田のセリフにあるように松永は眞田の若いころに共通するものを持っている。それはつまり、松永をどうにかすれば自分くらいの一応の人間に離れるという眞田の思いであり、その原因は環境にあると彼は考えている。しかし、同じ環境にあっても松永のようにならない人のほうが多く、『野良犬』ではむしろそこに焦点を当てているような気がする。
 このことだけにとどまらず、この映画の黒澤は今ひとつ物語りやテーマへの掘り下げ方が甘いような気がする。松永にセーラー服の純粋な少女を対比させるやり方も、一途な女としての千石規子の使い方も、あまりに定型的な設定で、黒澤にも若いころがあったのだという当たり前のことを思わせる。これにはおそらく脚本の影響もあるだろう。黒澤黄金時代の菊島隆三や小国英雄ではなく、この作品の共同脚本は植草圭之助、黒澤の幼馴染らしいが、今ひとつ黒澤とは意見が合わなかったらしく、協作はこの映画と『すばらしき日曜日』の2本にとどまっている。

 三船の話に戻ると、三船の激しさはこの映画のなかで最も魅力的な面である。それを黒澤も見逃さず、ぎらぎらとして眼を繰り返しクロースアップで映画に挿入する。しかし、脚本はその三船の激しさを支えきれず、三船だけがと出してしまう。志村喬はそれを支えようと懸命だが、支えきれていないのが現実だ。つまりこの映画は物語としては三船を見ていればそれでよく、千石規子は蛇足であるということだ。
 物語から少し離れると、音楽の使い方にこの映画の特徴が現れる。それが意識的であることは岡田の登場シーンが拳銃ではなくギターによるものであることからもわかる。音楽を使って画面の雰囲気を作りだしたり、緊迫感や恐怖感をあおるという手法が、いつごろ確立されたのかはわからないが、初のトーキー映画が作られたのは1927年、トーキーが普及したのは1930年代中ごろ。つまりこの映画はトーキー映画が確立してからそれほど時間のたってないころに作られた映画であり、この映画の音楽の使い方が世界的に見ても画期的であったことは想像に難くない。
 それを思うのは、映画の冒頭でただのBGMかと思った曲が実際にギターを弾いている人がいるという設定であることだ。そして、通りに流れる音楽もどこかからもれ出るもの。そのようにして音楽が画面と常に結びついていて、ただのBGMというものはない。それは何か映画と音楽というものが必然的に結びついているものではないということを思い出させてくれる。BGMという現実にはないものをいかにしてフィルムの上で成立させるのか、という繊細な意識がそこに働いている。
 これは黒澤のひとつの実験性であり、実験性というのは黒澤映画の特徴のひとつである。若いからこそその実験性が表にあらわれ際立つが、以後も黒澤は実験をし続け、それが映画の新たな伝統となっていることも多い。『椿三十郎』のラストの決闘のシーンをあげさえすれば、それは明らかになるだろう。それまで日本映画では殺陣のシーンで血が噴出すなんてことはなかったし、ついでに言うならばきりつける「ズバッ」という音もしなかったのだから。

野良犬

1949年,日本,122分
監督:黒澤明
脚本:菊島隆三、黒澤明
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄
出演:三船敏郎、志村喬、淡路恵子、千石規子

 暑い夏のある日、訓練を終えて家路についた新人刑事の村上は満員のバスの中を降りたところでピストルを盗まれたことに気づく。あわてて犯人らしき男を追うが逃げられ、上司に報告するとスリ専門の部署に行くように言われた。そこで仲間と思われる女に見当をつけた村上はそこの刑事とともに女に会いに行く。最初女はしらを切っていたが、一日中付きまとって離れない村上の粘りに負けてやみでピストルを売りさばく鉄砲屋の話をする…
 まだまだ若く、きりりとした二枚目の三船敏郎に味がある黒澤明初の犯罪サスペンスドラマ。しかし単なるサスペンスではない人間くささが黒澤らしさか。

 筋立てからするとスタンダードな刑事ドラマ。基本的に黒澤明の作品は筋立ては非常に単純で、スタンダードなものが多く、この映画もその例に漏れない。ようは拳銃を盗まれた警官がその拳銃が原因で起きる犯罪に心を痛めながら、その犯人を追うというだけの話。しかし、それをそれだけの話にしないのが、黒澤明であり三船敏郎だ。
 まず圧巻なのは、鉄砲屋の存在を知った村上がその尻尾をつかもうと、復員兵の格好でただひたすら街を、場末の繁華街を歩き回るシーン。本当にただただ歩き回る。果たして何日がたったのかわからない。時には木賃宿に泊まり、時には警察に呼び止められ、雨に降られ、それでもただただ歩き続ける。映画の上でも10分から20分くらいあると思われるこのシーン、しかしこの過程で村上は着実に小汚くなり、思いつめた表情になっていく。その全身に表れる苦悩を1ショット1ショットが表現する。
 しかし、このシーン、あまりに長いように思える。簡単に言ってしまえば退屈なのである。確かに映像には迫力があり、ぐっと引き込まれるが、長すぎてちょっとつらい。長すぎるシーン、それは黒澤明の特徴であり、観客に何かを考えさせる「間」であるということは『蜘蛛巣城』のときに書いた。そのときには時代劇の現代的な意味を考えるための「間」というようなことを書いたが、黒澤の「間」はそればかりに使われるわけではない。
 この映画で「間」が表現するのは苦悩、そして閉塞感だ。出口のない迷宮、それを表現するための長すぎるさ迷い。それはラスト近く、犯人の追跡劇のシーンにも当てはまる。

 この苦悩や閉塞感は、時代性の表現だ。時代劇は時代劇であるがゆえに現代とのつながりを意識しながらつくらていた。しかしこれは現代劇であり、現代的なものをそのまま表現すればよい。今から見れば時代性が現れているというだけのことで、当時にしてみれば非常に同時代的な表現だったと推測することができる。
 私はこの映画の三船敏郎を見て一瞬田宮二郎かと思った。(田宮二郎にも『野良犬』という作品があるが、この作品とは多分まったく関係ないの)もし田宮二郎が60年代にこの三船敏郎の役を演じていたならば、これよりもっとスマートな人物になり、映画のテンポもっと早まっていただろう。
 このことで何が言いたいのかといえば、この映画が捉えようとしているのはこの映画が撮られた40年代後半という時代、まだGHQの統治下にあり、誰もが戦争を引きずっていた時代、人々がまだ重苦しい思いを引きずっていた時代であり、そのような時代に人々の共感を集め、人々に何か希望を与えるようなものを提示すること、そのような啓蒙的なことをも黒澤はもくろんでいたのではなかろうか。黒澤明の映画は時に「説教くさい」といわれるのはおそらくこのあたりから来ているだろう。
 この映画から浮かび上がってくるのはそのような「時代性」というものだ。しかし、ここで行っておかなければならないのは、そのような「時代性」を表現することを可能にしているのは黒澤の時代を超越したスタイルであるということだ。ひとつのスタイルを持った上で、その上にさまざまな時代の物語をのせていく。そのようなことが可能であるからこそ、黒澤の映画は「時代性」を的確に表現することができる。
 その時代を超越したスタイルがどのようなものであるかという分析はまだできていないのでそのうち語るとして、この映画からみえてくるのは黒澤のその時代性へのするどい視線だ。

(ちなみに、田宮二郎の『野良犬』は1966年の作品、「犬」シリーズの第6作として作られたが、1973年には黒澤の『野良犬』のリメイクが渡哲也主演で作られている。)

戦争と平和

1947年,日本,100分
監督:亀井文夫、山本薩夫
脚本:八住利雄
撮影:宮島義勇
音楽:飯田信夫
出演:池辺良、岸旗江、伊豆肇、菅井一郎

 太平洋上で撃沈された軍艦。そこに乗っていた兵士の一人健一は中国に流れ着き、そこでホームレスのような生活を送る。一方、健一の妻町子のもとには健一の戦士を告げる通知が届く。そんな時、健一の親友で精神に異常をきたして戦争から戻ってきていた康吉が町子の名を呼んでいると言われて町子は病院に赴く…
 戦争に振り回された人々の戦中から戦後への生活史。そして、戦争に翻弄された家族と愛の物語。物語は地味で味わいのあるものだが、映像はなんだか恐怖映画のようで妙。

 戦死の誤報による二重結婚、それは実際にかなりの数起こった事態だろう。それを戦争直後に映画にするということは、かなり自分たちの生活に密接した映画であるという印象を与えたことだろう。そして、戦場のショックによる精神障害というものもまた、かなりの数に上ったことも想像に難くない。だから、この映画は当時の観客たちにとっては身につまされるというか、あまりに身近なことであったに違いない。映画に映っている風景も、自分たちの生活そのまま(健一が夜の街をぶらぶらするシーンなどは、あまりにリアル)なのだと思う。そのような映画であると考えると、これを今見ることは一種の過去を知る資料的価値という意味が一番大きくなってしまうのかもしれない。
 物語は、地味だけれど、そのような要素もあってとてもリアルで、あいまいなところもとても意味深い。

 ただ、登場人物の心理の機微なんかはあまりうまく表現されていない。それは、おそらくクロース・アップのやたらの多用と、人物への妙なライティング(下からライトを当てているので、影のでき方が恐怖映画のよう)が原因だろう。
 そして、これは多分戦争直後の物資難、映画の制作に際してもライトなどの道具が不足し、もちろんフィルムも十分ではなく、そのような環境で撮っているせいだろう。特に、ライティングという面がこの映画ではかなり問題で、恐怖映画のようなライティングというのは一つのわかりやすい不合理さだが、クロースアップの多用というのも、光量の不足から、表情をしっかり映すためにはクロースアップにするしかなかったということもあるのだろうと思われる。
 そんな事情の中で撮られた映画であることは創造できるけれど、今この映画を見る場合には、映画としての評価はマイナスにならざるを得ない。この映画にこのライティングや編集はやはり妙だし、ミスマッチである。歴史的(一般的な歴史でも映画史でも)にはいろいろ考えさせられることもあるけれど、単純に映画としては、あまり成功しなかったといわざるを得ない。

 ところで、この主演の女優さんは岸旗江といって、あまりよく知りませんが、なんだかちょっと原節子にのなかなかの美人。第1期東宝ニューフェイスということですが、どうもあまり主役級の作品はなく、地味に長く女優さんをやっていたようです。どうして、スターになれなかったんだろうなぁ…

小林一茶

1941年,日本,27分
監督:亀井文夫
撮影:白井茂
音楽:大木正夫
出演:徳川夢声(解説)

 「信濃では 月と仏と おらが蕎麦」という一茶の句に続いて、その句から思い起こされる長野県の、主に農民たちの生活を映していく。
 この映画は長野県が東宝に委託して作った観光PR映画「信濃風土記」シリーズの2作目として作られた。戦争が終わり、ようやく戦争物から離れることができた亀井文夫はこの作品で軽妙な語り部としての才能を如何なく発揮している。これが長野県のPRになっているかどうかはともかくとして、小林一茶について描いたものとしてはかなり面白いものであることは確かである。

 とても、短い映画なんですが、内容はなかなか濃いというか、小林一茶と生まれ故郷の長野の関係をしっかりと伝えている。そして長野県の土地の貧しさや農民の苦労を伝えている。だからこれを見て長野県に行こうとは思わないけれど、一茶には興味を持てる。
 さて、この映画は一茶の句をキャプションとして、それで章を区切って一茶の生涯を語っていくわけですが、その一つ一つの断章はある意味では一つの句の解釈になっている。わたしは俳句のことはほとんどわからないんですが、その解釈はおそらく一般的なものとは違う。終わり近くに「やせ蛙 まけるな一茶 ここにあり」という句を出して、露害にやられた農民の姿を映す。そして、もう一度、今度はクローズアップで句のキャプションを出し、続いて農民のクローズアップを映す。このあたりの喜劇的なところも感心するが、その解釈の仕方にも感心する。喜劇的といえば、映画の最後に一茶の四代目の孫という人物が出てきて、「俺は俳句を作らないが米作る」といったところではなんともいえないおかしみが漂った。(その人が小さな一茶記念館「のようなもの」をやっているというのもささやかな観光PRっぽくって面白かったが)

 この映画のいいところは、一茶の句の力強さを認識し、映像がそれに勝てないことを前提としている点だ。一茶の句と拮抗する形で映像を提示するのではなく、一茶の句を広げる、あるいは句の余韻が残っている中で、それを映像で補完する、そのような作り方をしている。
 俳句と映画という意外な組み合わせがこんなにも豊かな映像作品を生み出すというのは、作家のそんな謙虚な姿勢があって初めて可能だったのだろう。

レベッカ

Rebecca
1940年,アメリカ,130分
監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作:ダフネ・デュ・モーリア
脚本:ロバート・E・シャーウッド、ジョーン・ハリソン
撮影:ジョージ・バーンズ
音楽:フランツ・ワックスマン
出演:ローレンス・オリビエ、ジョーン・フォンテイン、ジョージ・サンダース

 ホッパー夫人のお供としてモンテカルロにやってきたマリアンは崖で自殺をしようとしていた男に出会った。のちに、その男はホッパー夫人の知り合いのド・ウィンター氏であり、マリアンが一度見かけ、その後何度も夢に見るマンダレーの主人であることがわかった。ド・ウィンターはマリアンをドライブに誘い、ホッパー夫人が病気の間に二人は何度もデートを重ねた。しかし、ホッパー夫人の娘が婚約し、マリアンは急にニューヨークに帰ることに…
 ヒッチコックのハリウッド進出第1作。ヒッチコックのいわゆるサスペンスとはちょっと構成が異なるサスペンスチックなロマンス。

 前半はなんだかのろのろとしていて、ヒッチコックらしくないというか、どのようなサスペンスが展開されるのかがわからないのがもどかしい。ネタばれ防止のため全部のストーリーを語ってしまうのはやめにしますが、半分くらいまではばらしてしまいます。マリアンがマンダレーに行っても、まだ物語りは急展開しない。物語が急展開するのは終盤といってもいいころで、そこからの30分から45分は本当にすばらしい。それを見てから考えると、そこまでのもたもたしていたと見える展開も細かな複線の集積だったとわかる。
 結局のところヒッチコックなので、どこかに「恐怖」が存在することを期待してしまう。そしてその恐怖を演出するのはなんと言ってもライティング。ダンヴァース夫人は登場のところから怖い、したから、あるいは横からライトが当てられ、上半分あるいは横半分が影になる。このような演出が「恐怖」を演出するものであることは明らかだ。だからみながマリアンに「怖がらなくてもいい」というのは、逆説的に「彼女は怖い人だ」と語っているのだ。でも、彼女が本当に怖いのかどうかはわからない。その演出された恐怖すらも覆すのがヒッチコックのサスペンスの醍醐味だから。
 この映画はそのような恐怖を演出するライティングをはじめとして、光をうまく使っている。演出として音はあまり使っていないので、白黒の画面ではサスペンスを効果的に演出するのは光なのだろう。クライマックスの場面はまさにその光がすべてを語るのだ。そういえば、最初にシーンでマリアンの夢に出てきたマンダレーでも、ポイントになるのは建物にふっと点る灯りだった。
 ヒッチコックが得意とする演出のひとつ、光の演出が充分に楽しめる作品。

東海水滸伝

1945年,日本,77分
監督:伊藤大輔、稲垣浩
脚本:八尋不二
撮影:石本秀雄、宮川一夫
音楽:西梧郎
出演:阪東妻三郎、片岡千恵蔵、花柳小菊、市川右太衛門

 清水の次郎長がヤクザ家業から足を洗うことを決意し、刀を封印し、酒を断って石松に金毘羅代参を命じる。無事お参りを済ませ、近頃評判の草津の親分のところにより、香典を言付かった石松は道で都鳥の吉兵衛に出会う。ついつい気を緩め酒を口にしてしまった石松は、香典に預かった百両を吉兵衛に貸してしまう。
 なんといっても石松を演じる片岡千恵蔵が見事。阪妻もさすがに迫力があるけれど、やはりこの物語の主役は石松か。

 片岡知恵蔵演じる石松は切符のよさがうまく表現されてていい。「正直の上に馬鹿がつく」というセリフがよく似合う石松をうまく演じているといえる。だからこの映画は間違いなく石松の映画で、片岡知恵蔵の映画であるといいたい。
 清水の次郎長と森の石松の話はよく知られているが、年月とともにいろいろなバリエーションが生まれ、この映画もそのバリエーションの創作に一役買っているらしい。石松の幼馴染というのが出て来るのも、画面に花を添える映画らしい演出だ。
 ドラマはよく整理され、片岡知恵蔵もうまく、画面もさりげなくて言うことはない。旅館の部屋で石松が外ばかり眺めている場面や釣りをしている場面など、人物により過ぎずとてもさりげないのがよい。川(湖?)に落ちるところはちょっと演出過剰かもしれないが…
 しかし、そんなさりげなさが唐突に崩れる場面がある。それは盆踊りの場面。この場面は本当にすごい。動きの激しい短いカットを無数につないぐ。一つ一つのカットが異常に短い。このような編集の効果はもちろん画面に大きな動きを生み、激しさを生むということだ。
 この映画はおそらく、最初の撮影編集のあと再編集されたものだと思う。主要な登場人物が出てきたときに唐突に出る人物紹介のキャプション。石松のたびに際してカットとカットの間に挟まれる状況を説明するキャプション。これらはあとからつけられたものだろう。単純にわかりやすくするためなのか、それともフィルムの一部が失われ、それを補うためにつけられたのかはわからないけれど、映画全体からするとなんとなく異質なものに見える。だからどうということもないですが、このような映画が保存されている喜びとともに、オリジナルの何かが失われてしまっているのだとしたら、それを惜しまずにはいられない。