戦争と平和

1947年,日本,100分
監督:亀井文夫、山本薩夫
脚本:八住利雄
撮影:宮島義勇
音楽:飯田信夫
出演:池辺良、岸旗江、伊豆肇、菅井一郎

 太平洋上で撃沈された軍艦。そこに乗っていた兵士の一人健一は中国に流れ着き、そこでホームレスのような生活を送る。一方、健一の妻町子のもとには健一の戦士を告げる通知が届く。そんな時、健一の親友で精神に異常をきたして戦争から戻ってきていた康吉が町子の名を呼んでいると言われて町子は病院に赴く…
 戦争に振り回された人々の戦中から戦後への生活史。そして、戦争に翻弄された家族と愛の物語。物語は地味で味わいのあるものだが、映像はなんだか恐怖映画のようで妙。

 戦死の誤報による二重結婚、それは実際にかなりの数起こった事態だろう。それを戦争直後に映画にするということは、かなり自分たちの生活に密接した映画であるという印象を与えたことだろう。そして、戦場のショックによる精神障害というものもまた、かなりの数に上ったことも想像に難くない。だから、この映画は当時の観客たちにとっては身につまされるというか、あまりに身近なことであったに違いない。映画に映っている風景も、自分たちの生活そのまま(健一が夜の街をぶらぶらするシーンなどは、あまりにリアル)なのだと思う。そのような映画であると考えると、これを今見ることは一種の過去を知る資料的価値という意味が一番大きくなってしまうのかもしれない。
 物語は、地味だけれど、そのような要素もあってとてもリアルで、あいまいなところもとても意味深い。

 ただ、登場人物の心理の機微なんかはあまりうまく表現されていない。それは、おそらくクロース・アップのやたらの多用と、人物への妙なライティング(下からライトを当てているので、影のでき方が恐怖映画のよう)が原因だろう。
 そして、これは多分戦争直後の物資難、映画の制作に際してもライトなどの道具が不足し、もちろんフィルムも十分ではなく、そのような環境で撮っているせいだろう。特に、ライティングという面がこの映画ではかなり問題で、恐怖映画のようなライティングというのは一つのわかりやすい不合理さだが、クロースアップの多用というのも、光量の不足から、表情をしっかり映すためにはクロースアップにするしかなかったということもあるのだろうと思われる。
 そんな事情の中で撮られた映画であることは創造できるけれど、今この映画を見る場合には、映画としての評価はマイナスにならざるを得ない。この映画にこのライティングや編集はやはり妙だし、ミスマッチである。歴史的(一般的な歴史でも映画史でも)にはいろいろ考えさせられることもあるけれど、単純に映画としては、あまり成功しなかったといわざるを得ない。

 ところで、この主演の女優さんは岸旗江といって、あまりよく知りませんが、なんだかちょっと原節子にのなかなかの美人。第1期東宝ニューフェイスということですが、どうもあまり主役級の作品はなく、地味に長く女優さんをやっていたようです。どうして、スターになれなかったんだろうなぁ…

小林一茶

1941年,日本,27分
監督:亀井文夫
撮影:白井茂
音楽:大木正夫
出演:徳川夢声(解説)

 「信濃では 月と仏と おらが蕎麦」という一茶の句に続いて、その句から思い起こされる長野県の、主に農民たちの生活を映していく。
 この映画は長野県が東宝に委託して作った観光PR映画「信濃風土記」シリーズの2作目として作られた。戦争が終わり、ようやく戦争物から離れることができた亀井文夫はこの作品で軽妙な語り部としての才能を如何なく発揮している。これが長野県のPRになっているかどうかはともかくとして、小林一茶について描いたものとしてはかなり面白いものであることは確かである。

 とても、短い映画なんですが、内容はなかなか濃いというか、小林一茶と生まれ故郷の長野の関係をしっかりと伝えている。そして長野県の土地の貧しさや農民の苦労を伝えている。だからこれを見て長野県に行こうとは思わないけれど、一茶には興味を持てる。
 さて、この映画は一茶の句をキャプションとして、それで章を区切って一茶の生涯を語っていくわけですが、その一つ一つの断章はある意味では一つの句の解釈になっている。わたしは俳句のことはほとんどわからないんですが、その解釈はおそらく一般的なものとは違う。終わり近くに「やせ蛙 まけるな一茶 ここにあり」という句を出して、露害にやられた農民の姿を映す。そして、もう一度、今度はクローズアップで句のキャプションを出し、続いて農民のクローズアップを映す。このあたりの喜劇的なところも感心するが、その解釈の仕方にも感心する。喜劇的といえば、映画の最後に一茶の四代目の孫という人物が出てきて、「俺は俳句を作らないが米作る」といったところではなんともいえないおかしみが漂った。(その人が小さな一茶記念館「のようなもの」をやっているというのもささやかな観光PRっぽくって面白かったが)

 この映画のいいところは、一茶の句の力強さを認識し、映像がそれに勝てないことを前提としている点だ。一茶の句と拮抗する形で映像を提示するのではなく、一茶の句を広げる、あるいは句の余韻が残っている中で、それを映像で補完する、そのような作り方をしている。
 俳句と映画という意外な組み合わせがこんなにも豊かな映像作品を生み出すというのは、作家のそんな謙虚な姿勢があって初めて可能だったのだろう。

レベッカ

Rebecca
1940年,アメリカ,130分
監督:アルフレッド・ヒッチコック
原作:ダフネ・デュ・モーリア
脚本:ロバート・E・シャーウッド、ジョーン・ハリソン
撮影:ジョージ・バーンズ
音楽:フランツ・ワックスマン
出演:ローレンス・オリビエ、ジョーン・フォンテイン、ジョージ・サンダース

 ホッパー夫人のお供としてモンテカルロにやってきたマリアンは崖で自殺をしようとしていた男に出会った。のちに、その男はホッパー夫人の知り合いのド・ウィンター氏であり、マリアンが一度見かけ、その後何度も夢に見るマンダレーの主人であることがわかった。ド・ウィンターはマリアンをドライブに誘い、ホッパー夫人が病気の間に二人は何度もデートを重ねた。しかし、ホッパー夫人の娘が婚約し、マリアンは急にニューヨークに帰ることに…
 ヒッチコックのハリウッド進出第1作。ヒッチコックのいわゆるサスペンスとはちょっと構成が異なるサスペンスチックなロマンス。

 前半はなんだかのろのろとしていて、ヒッチコックらしくないというか、どのようなサスペンスが展開されるのかがわからないのがもどかしい。ネタばれ防止のため全部のストーリーを語ってしまうのはやめにしますが、半分くらいまではばらしてしまいます。マリアンがマンダレーに行っても、まだ物語りは急展開しない。物語が急展開するのは終盤といってもいいころで、そこからの30分から45分は本当にすばらしい。それを見てから考えると、そこまでのもたもたしていたと見える展開も細かな複線の集積だったとわかる。
 結局のところヒッチコックなので、どこかに「恐怖」が存在することを期待してしまう。そしてその恐怖を演出するのはなんと言ってもライティング。ダンヴァース夫人は登場のところから怖い、したから、あるいは横からライトが当てられ、上半分あるいは横半分が影になる。このような演出が「恐怖」を演出するものであることは明らかだ。だからみながマリアンに「怖がらなくてもいい」というのは、逆説的に「彼女は怖い人だ」と語っているのだ。でも、彼女が本当に怖いのかどうかはわからない。その演出された恐怖すらも覆すのがヒッチコックのサスペンスの醍醐味だから。
 この映画はそのような恐怖を演出するライティングをはじめとして、光をうまく使っている。演出として音はあまり使っていないので、白黒の画面ではサスペンスを効果的に演出するのは光なのだろう。クライマックスの場面はまさにその光がすべてを語るのだ。そういえば、最初にシーンでマリアンの夢に出てきたマンダレーでも、ポイントになるのは建物にふっと点る灯りだった。
 ヒッチコックが得意とする演出のひとつ、光の演出が充分に楽しめる作品。

東海水滸伝

1945年,日本,77分
監督:伊藤大輔、稲垣浩
脚本:八尋不二
撮影:石本秀雄、宮川一夫
音楽:西梧郎
出演:阪東妻三郎、片岡千恵蔵、花柳小菊、市川右太衛門

 清水の次郎長がヤクザ家業から足を洗うことを決意し、刀を封印し、酒を断って石松に金毘羅代参を命じる。無事お参りを済ませ、近頃評判の草津の親分のところにより、香典を言付かった石松は道で都鳥の吉兵衛に出会う。ついつい気を緩め酒を口にしてしまった石松は、香典に預かった百両を吉兵衛に貸してしまう。
 なんといっても石松を演じる片岡千恵蔵が見事。阪妻もさすがに迫力があるけれど、やはりこの物語の主役は石松か。

 片岡知恵蔵演じる石松は切符のよさがうまく表現されてていい。「正直の上に馬鹿がつく」というセリフがよく似合う石松をうまく演じているといえる。だからこの映画は間違いなく石松の映画で、片岡知恵蔵の映画であるといいたい。
 清水の次郎長と森の石松の話はよく知られているが、年月とともにいろいろなバリエーションが生まれ、この映画もそのバリエーションの創作に一役買っているらしい。石松の幼馴染というのが出て来るのも、画面に花を添える映画らしい演出だ。
 ドラマはよく整理され、片岡知恵蔵もうまく、画面もさりげなくて言うことはない。旅館の部屋で石松が外ばかり眺めている場面や釣りをしている場面など、人物により過ぎずとてもさりげないのがよい。川(湖?)に落ちるところはちょっと演出過剰かもしれないが…
 しかし、そんなさりげなさが唐突に崩れる場面がある。それは盆踊りの場面。この場面は本当にすごい。動きの激しい短いカットを無数につないぐ。一つ一つのカットが異常に短い。このような編集の効果はもちろん画面に大きな動きを生み、激しさを生むということだ。
 この映画はおそらく、最初の撮影編集のあと再編集されたものだと思う。主要な登場人物が出てきたときに唐突に出る人物紹介のキャプション。石松のたびに際してカットとカットの間に挟まれる状況を説明するキャプション。これらはあとからつけられたものだろう。単純にわかりやすくするためなのか、それともフィルムの一部が失われ、それを補うためにつけられたのかはわからないけれど、映画全体からするとなんとなく異質なものに見える。だからどうということもないですが、このような映画が保存されている喜びとともに、オリジナルの何かが失われてしまっているのだとしたら、それを惜しまずにはいられない。

市民ケーン

Citizen Kane
1941年,アメリカ,120分
監督:オーソン・ウェルズ
脚本:ハーマン・J・マンキウィッツ、オーソン・ウェルズ
撮影:グレッグ・トーランド
音楽:バーナード・ハーマン
出演:オーソン・ウェルズ、ジョセフ・コットン、エヴェレット・スローン

 フロリダに建てられた他に類を見ない豪邸ヴァロワ邸。そこで孤独のうちに死んだ元新聞王のチャールズ・F・ケーン。彼が臨終の際に残した「ローズバッド」という言葉。その言葉の謎を解こうと新聞社は生前の彼を知っていた人たちを訪ねてまわる。そこから経ち現れた新聞王の姿とは…
 斬新な手法とスキャンダラスな制作背景が話題を呼び、オーソン・ウェルズの名を不動のものとした作品。そのドラマと手法のすばらしさから現在でも名作の一つに数えられる。

 まずは、ドラマを見てみましょう。最初の長いニュース映画のプロローグ。この長さが尋常ではないことは確かです。そしてこのニュース映画が謎解きの大きなヒントにもなっている。「ソリ」というのが頭にインプットされてしまってみると、その複線のおき方はかなりあからさまです。そして始まる「ローズバッド」の謎解き。その謎解き自体はいわゆるサスペンス映画とか、推理もののようにはらはらするものではありません。しかし面白いのは、それぞれの証言者の語り口と再現ドラマ。オペラハウスの場面が全く同じ編集で2度繰り返されるというのもなかなか面白かった。
 さて、ドラマ自体はそれほどことさらに傑作というものではない。つくりは斬新だけれど、今見てもはらはらどきどきというほどに洗練されているわけではない。ということは、この映画が名作とされるゆえんはやはりその手法にあるのか?ということになります。
 一番よく言われるのは「パンフォーカス」。これはつまり、手前にある被写体と奥にある被写体の両方にピントがあっている状態で、奥行きのある画面でも、手前のものと奥のものの両方がくっきりと見えるということ。マニュアルのカメラなどを持っている人はわかると思いますが、そのためには絞りをゆるくする必要があるわけで、それはつまり光量がかなりないといけないということ。それはつまり、スタジオで撮る場合膨大な証明が必要となるということです。
 そんな技術的な話はさておいて、画面上でそのパンフォーカスがどのような効果を生むかというと、想像に難くないことすが、手前と奥で同時に2つの出来事を展開することができるということです。 ビデオカメラではかなり簡単にできてしまうので、テレビを見慣れてしまったわれわれには特に目新しいものでもなく、この映画を見ていても気づかずにすっと通り過ぎてしまうことが多いかと思います。
 このパンフォーカスにしても、激しい仰角のアングルにしろ、いろいろ言われていることもあって、それほど驚きはないものの、それが以外に自然に映画の中に取り込まれていることがすごい。斬新な手法を(実際はそれほど斬新でもないのですが)斬新なものとしてではなく、映画を作る一つのピースに過ぎないものとして扱うところにこの映画のスケールの大きさを感じました。それはつまり、ドラマと手法が分かちがたいものとしてひとつになっているということ。だから、そのそれぞれはことさらに傑作というものではなくても、それがあいまってすばらしいものになるということ。

狐の呉れた赤ん坊

1945年,日本,85分
監督:丸根賛太郎
原作:谷口善太郎、丸根賛太郎
脚本:丸根賛太郎
撮影:石本秀雄
音楽:西梧郎
出演:阪東妻三郎、橘公子、羅門光三郎、寺島貢

 大井川で川越人足をする張子の寅こと寅八は今日も飲み屋で馬方人側の丑五郎と喧嘩を始める。そこに寅八の子分六助が青白い顔で入ってきた。何でも狐に化かされたらしい。それを聞いた寅八は狐を退治してやろうと六助の言った場所へと向かう。しかし、そこにいたのは赤ん坊。狐が化けているに違いないと待つ寅八たちだったが、赤ん坊はいつまでたっても狐にならない…
 阪妻の戦後初主演作は人情喜劇。阪妻はシリアスな立ち回りもかっこいいが、顔の動きがコミカルなので喜劇もいける。
 1971年には勝新主演、三隅研次監督でリメイクされている。

 いわゆるヒューマンコメディを時代劇で撮ったという感じ。
 戦後すぐということで、環境が恵まれたものではなかったろうと感じさせるのは舞台装置の少なさ、画面に登場する場所が非常に少ない。なので、話は小さくなりがちだが、渡しという設定は多くの旅人が登場しうるということを意味し、話にダイナミズムを与えることができる。このようなある種の制限をアイデアで乗り越えようという姿勢はとても好感が持てる。
 そしてもちろん、あらゆる制限を補って余りある阪妻の存在。武士もやれば、浪人もやれば、将軍もやれば、人足もやる。変幻自在が阪妻らしさか。この阪妻は『無法松の一生』の佇まいを髣髴とさせる。話もなんだか似たような感じではあるし。
 そんなこんなでさりげなく面白い映画になっている。このさりげなさというのはとてもすごいと思う。作られてから50年以上がたち、制作環境も恵まれず、にもかかわらず、今見てもさりげない映画に見えてしまう。50年後100年後に見てもすごい映画というのもすごいけれど、50年後100年後に見てもさりげなく面白い映画というのはもっとすごいんじゃないだろうか? すごさというのは語り継がれるけれど、さりげなさというのはなかなか語り継がれない。にもかかわらず、ふらりと見て、くすりと笑い、ほろりと感動して、「ああ面白かった」と映画館を出る。
 それにしても阪妻の顔のよく動くこと。眉をしかめ、目をむき、唇を突き出す。このような演技までして喜劇を演じられるのは、一度はスタートして君臨しながら零落し、再起を遂げた阪妻ならではなのか。阪妻が今でもすごい役者として語り継がれるのは、単なるスターにとどまらず、さまざまな表情を持っているからだと思いました。

将軍と参謀と兵

1942年,日本,109分
監督:田中哲
原作:伊地知進
脚本:北村勉
撮影:長井信一
音楽:江口夜詩
出演:阪東妻三郎、中田弘二、林幹、押本映治、小林桂樹

 昭和16年、北支戦線、作戦中の兵団に斥候が帰ってくる。そのデータを下に参謀長以下参謀は作戦を練り直す。将軍もその会議に顔を出し、作戦の変更を認めた。後は敵を殲滅し、突き進むのみ。意気盛んな兵士はシナ軍をどんどんと追い込んでいく。
 戦時中、陸軍省の協力で中国ロケが敢行された戦争モノ。まさに戦場の中国で撮影されていることを考えているとすごいものがあるが、基本的には戦意高揚映画で、阪妻もまたそれに参加したという形。終始戦闘が繰り返され、兵士たちの勇敢な姿が映し出される。

 このようなストレートな戦意高揚映画というのははじめて見ました。そのようなものだとは意識せずに見始め、30分ほどしたところでそれに気づいたという感じ。戦闘シーンはあれど、血も出なければ、腕ももげなければ、死体も出てこない。戦闘の汚らしい部分は全く出てこず、具体的な敵の姿も出てこない。このあたりがまさにという感じです。
 しかし、このようなことを今取り上げて批判するというのは、全く持ってナンセンスな話で、当時はこのような映画が必要とされ、阪妻もまた参加したということ。進んでかいやおうなくかはわかりませんが、スター役者が参加するということは国民に一種の一体感が生まれるということは確かでしょう。阪妻のような将軍の下で戦いたいと思う若者も多かったかもしれません。この全く血なまぐさくない戦争映画から見えてくるのはこの映画が映す戦闘そのものではなく、戦争がその中に含むそれ以外の戦い。国民意識や戦闘意欲、国民の動員という現代の戦争になくてはならない要素でしょう。だから、この映画はある意味では戦争の一部。陸軍の軍事力の一部であったわけです。つまり、この映画を見るということは、あたかも実際に戦争で使用され銃剣や機関銃を見、手に触れるようなものだと思います。単なる一つの映画を見ているのではなく、映画であると同時に兵器であるものを見ているということ。
 これを推し進めていくと見えてくるのは、映画の持つデマゴギーでしょうか。つまり観客を操作する力。『SHOAH』で書いたことにもつながりますが、映画は見るものをコントロールする可能性を持っているということ。
 今となってはこの映画は、観客をコントロールすることはおそらくなく、それはつまりそのような映画の操作力を冷静に分析する材料になるということです。この映画はとても素朴なものですが、上映された当時は十分にその操作力を持っていた。そのことを考えると、現在の技巧を凝らされた映画には大きな潜在的な力が潜んでいるような気がします。
 そのせいなのかどうなのか、阪妻の演技も控えめです。スターは必要だけれど、スターが目立ちすぎては本来の目的が果たせない。スターにばかり目が行って果敢な兵士たちの姿に目が行かないのでは仕方がないということでしょうか。しかし、阪妻演じる将軍は冷静で、部下を信頼し、決して誤らず、決してあせらず、兵士たちに安心感を与えるのです。わたしがもし、当時若者で、本土でこれを見たならば、「俺も戦争に行かなければ!」と思ったのかも知れません。あくまで「かも知れない」ということでしかないですが、現在から冷静に眺めると、この映画は明らかにそのような効果を狙っていると見えるのです。

ジキル博士とハイド氏

Dr. Jekyll and Mr. Hyde
1941年,アメリカ,114分
監督:ヴィクター・フレミング
原作:ロバート・ルイス・スティーヴンソン
脚本:ジョン・リー・メイヒン
撮影:ジョセフ・ルッテンバーグ
音楽:フランツ・ワックスマン
出演:スペンサー・トレイシー、イングリッド・バーグマン、ラナ・ターナー、ドナルド・クリスプ

 高名な医師のジキル博士は教会で見かけた狂人を友人の医師ジョンのもとに連れて行く。博士はその男を自分の研究の実験材料に最適だと考え、ジョンにそれを伝えるが、彼はそれは倫理的に許されないとして拒否する。あくる日、婚約者とともに出席した晩餐会の席上で自分の理論を夢物語だといわれた博士は自分の体で実験することを決意する。
 『ジキル博士とハイド氏』3度目の映画化。スペンサー・トレイシーとイングリッド・バーグマンを主役に据え、ハリウッドらしい華やかな雰囲気に。

 つくりはいかにもハリウッドらしく、主登場人物の2人の女性も美しく、スペンサー・トレイシーもなかなか骨太の演技を見せるので、言うことはないのですが、やはり60年まえだからなのか、戦争中だからなのか、どうしてもちゃちい印象は否めない。変身シーンの特撮(?)が稚拙なのは仕方がないにしても、普通の場面の背景などが書割丸出しなのはなんだか残念。いわゆるハリウッド黄金時代だったなら、あんなちゃちな書割は使わなかったんだろうな… と考えてみる。
 それはさておきこのお話、これを見るまではもっとSF的な話だと思っていたんですが、意外に倫理的な話だった。二重人格といった神経的な話ではなくて、もっと理性的な話。ジキル博士とハイド氏は人格はひとつで、性質と外見が違う。外見が違うのに、人格が2つというのはかなり不思議なものだという気がしました。同じ人とは言えないにしても、ずっと記憶を保っているし、ひとつの人格であることは間違いない。

無法松の一生

1943年,日本,82分
監督:稲垣浩
原作:岩下俊作
脚本:伊丹万作
撮影:宮川一夫
音楽:西梧郎
出演:坂東妻三郎、月形龍之介、園井恵子、沢村アキヲ

 小倉の車引きの松五郎は喧嘩っ早く傍若無人なところから「無法松」とあだ名されていた。そんな無法松はある日、怪我をして泣いている少年を見つけ、家まで送り届ける。それからその家族と親しくなり、少し様子が変わってきた。
 阪妻に稲垣浩という黄金コンビに加えてカメラは宮川一夫、脚本は伊丹万作と役者がそろった感じ。戦争中でもこんな映画が撮られていたと思うとうれしいですね。

 とてもオーソドックスなドラマで、話としても戦時中らしく教訓めいたものではありますが、映画としての完成度はかなり高い。それはやはり宮川一夫のカメラというのもあるでしょう。おそろくまだ若かった宮川ですが、そのスタイルはすでに一流。おそらく稲垣浩がうまく引き出したというのもあるのでしょう。繰り返される人力車の車輪の映像、ラスト前の太鼓からの流れるような断片(モンタージュといってもいい)、このあたりを見ると、50年以上も前の映画とは思えない魅力を持っています。
 さて、ひとつ気付いたのは音のこと。おそらく当時はすべて同録だったらしいと推測され、遠くの人の声は小さく、近くの人の声は大きい。遠すぎる人の声は聞こえない。だから無法松に放っておかれた客は画面の奥でパントマイムをしています。声は全く聞こえない。これが自然だというわけではなく、おそらくマイクの感度の問題で、今なら特に問題になることでもないと思いますが、こういう録音にも注意して演出しなければならないものだということを改めて実感させられます。
 もうひとつ。映画を見ながら「ぼんぼん」と呼ばれる子役の子が長門裕之に似ているね。といっていたら、長門裕之でした。クレジットでは沢村アキヲとなっています。そういえば映画一家でした。お父さんは沢村国太郎、つまり沢村貞子のお兄さん。お母さんはマキノ智子、つまり牧野省三の娘、ということはマキノ雅弘と兄弟。なるほどね。でも50年前の顔を見て分かってしまうっていうのもかなり個性的ってことですね。
 どうでもいいことばかり書いてしまいましたが、正月なのでご勘弁。