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15-05-13

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)

  • じわじわ来る笑いと魔術的な世界観、心象風景のリアル
(C)2014 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION. ALL RIGHTS RESERVED.

アレハンドロ・G・イニャリトゥというと、『アモーレス・ペロス』は面白かったけど、『バベル』とかはどうなんだろうという感じで、そういえば『BIUTIFUL ビューティフル』は見たっけな?

それでも、実は意外と好きな監督で、最新作が公開されると言われれば気にはなる。他にはないというか、独特の「空気」が映像からにじみ出てくるようで好きだ。

その「空気」というのはどちらかと言うと暗い感じの空気で、それは、人間の心の闇のようなものを描いているというのもあるが、同時に色彩を多く使いながら、それを重ねあわせることで、多すぎる色が混ざり合ったキャンバスのような暗いトーンの映像を生み出しているという事も言える。

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この作品はというと、うん十年前に「バードマン」というヒーローの役でスターになった俳優リーガンが、レイモンド・カーヴァー原作のブロードウェイの舞台に俳優生命をかけようと意気込んでいるというストーリー。そして、そのリーガンはなぜか空中に浮いたり、モノを手を触れずに動かしたりという超能力が使えるようになっていて、ヤク中の更生施設から出てきたばかりの娘サムが付き人で、「バードマン」の声が幻聴として聞こえてしまうという。

映画を見始めてしばらくしてまず気になるのは、この作品がずっと1カットで撮られているということ。カメラの動きからして本当に1カットではなく、CGなどの処理によって映像をつなぐ擬似1カットとでもいうべきものではあるけれど、カットアウトによる場面転換はなく、連続したシーンがずーっと続く。

この1カットという撮り方によって何が起こるかというと、観客はこの映像が「誰の視点なのか」を考えざるを得なくなるということだ。伝統的なハリウッド映画というのは、イマジナリーラインという仮想的な線の内側にカメラが入らないことで、観客は観客として安心してその世界を見ることができるように設定されていて、現在ではその伝統は壊されて来てはいるものの、カメラの存在を観客に意識させないようにするというのが基本的なスタンスであることに変わりはない。

しかし、この映画はどうしてもカメラの存在が気になってしまう。自在に動き回り、時には時間を早送りするこの存在は一体何者なのかと。

ところが、この映画では、誰の視点なのかということは実はどうでもいいということなのだと思う。この映画における(擬似)1カットの効果というのは、ひとつはこの作品のメインといえる、ドタバタコメディの部分で何度か役に立つこと。もう一つは途切れることなく続くということで、時間がまっすぐに進んでいると感じさせることだ。

結局のところ、この映画の本質はただのドタバタコメディなのだろう。60のおっさんが金玉がどうだとか下らないことをしゃべり、子どもじみたことで言い合いをし、しまいにはパンツ一丁でブロードウェイを歩く羽目になる。それが笑えればそれでいいのだ。

なんだか素直に笑えないところもあるし、超能力には一体どんな意味があるのかというような腑に落ちないところもあるし、あのドラマーは一体何なんだと設定がよくわからない部分もあるけれど、それはともかくまず笑えればいい。

で、その上でその引っかかる部分というのは何なのかと考えると、それは私たちが、単純化されたわかりやすい物語に慣らされてしまったが故に、本道から外れた部分があるだけでそこからぎくしゃくとした印象を受けてしまうということなのだろうと思い至る。

しかし、1カットの映像は淀みなく流れ続けるのだ。

この止まることのない時間と、決して単純化できない物語というのが、この映画が訴えかけてくるもう一つの要素であり、それは人生そのものなのではないかと思う。

もう一つ、この映画は私たちの予想を微妙にずらし続ける、ストレートに進むのではなく微妙に手元で変化する。この、展開が(つまり未来が)予想から微妙にずれていくというのも、人生そのものではないか。

「あー、俺の人生なんだったんだろう」と振り返った時、往々にして人生というのは「Long and Winding Road」なのだ。人生とは迂路の繰り返しなのだ。そしてこの映画でリーガンが送る生活もまたそうだ。

全然、この映画の面白さが伝わっていない気がするけれど、わからないことをわからないままに受け入れることができる人ならばきっと楽しめる。ラテン・アメリカの文学に「マジック・リアリズム」というのがあるけれど、イニャリトゥはメキシコ出身なだけに、そういう物語の形に抵抗がないのだろう。この映画もどこか魔術的で、でもリアルにも感じられる。

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カテゴリ: 2010年代, アメリカ, 劇場

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