鳥のように – ラ・ドゥヴィニエール

La Deviniere
2000年,ベルギー,90分
監督:ブノワ・デルヴォー
撮影:ブノワ・デルヴォー
音楽:ブノワ・デ・クラーク

 いくつもの精神病院をたらいまわしにされ、どこでも受け入れてもらえなかった十代の少年少女たちのために作られた開放型の精神療養施設「ラ・ドゥヴィニエール」。それから20年後の療養所の様子を比較的軽度なジャン=クロードを中心に描いていく。
 監督はカメラマンとして『ロゼッタ』などに参加したブノワ・デルヴォー。初の長編作品となる。

 これは精神病院ではなくて療養所だけれど、精神病院を描いたようなドキュメンタリーは結構ある。フィクションも結構ある。それらと比べてこの映画に何か光るものがあるかといえば、あまりないといわざるをえない。全く解釈をせず、ただただ映し続けるだけという姿勢はいいのだけれど、そこから何かが浮かび上がってくるのかというと、それはなかなか難しい。映画の後半になってジャン=クロードが主人公のようになり始めると、映画は一種のメッセージのようなものを持ち始めるのだけれど、前半部分とのつながりは希薄である。最初からジャン=クロードが主人公然としていれば、彼を中心に映画を見ることができるのだけれど、前半にはただのひとりでしかなかった彼が急に主人公に成り上がってしまった印象があって、それが残念でならない。
 こういう映画はなんだかドキュメンタリーということに胡坐をかいたというか、ドキュメンタリーであることに価値を置きすぎている映画という気がする。ドキュメンタリーであっても映画なのだから、観客を楽しませたり、観客に伝わりやすくしたりする努力が必要なのに、この映画を見ていると、「わたしたちは現実を提示しているのだ」というある種の傲慢さが映画作りの根底にあるような気がしてしまう。
 この映画は時間について言及しないけれど、おそらく時系列どおりに構成されており、映画が主人公を発見していく過程と撮影者たちが主人公を発見していく過程は一致する。しかし、その過程にあまり必然性はなく、被写体との距離やたまたまおきたイベントによって左右される。だから映画の物語にまとまりがなく、観客の注意も散漫になってしまう。

 まあ、映画を見て、現実を見て、いろいろ考えさせようというのが意図であり、もちろん考えさせられることはあるわけですが、それだけでは映画としては並みの域を出ることはできないということです。