サイボーグ

Cyborg
1989年,アメリカ,90分
監督:アルバート・ピュン
脚本:キティ・チャルマース
撮影:フィリップ・アラン・ウォーターズ
音楽:ケヴィン・バッシンソン
出演:ジャン=クロード・ヴァン・ダム、デボラ・リクター、デイル・ハドソン、ヴィンセント・クライン

 文明が崩壊し、ペストによって人類滅亡の危機にある地球、ペストの治療のための情報をインプットしたサイボーグがフェンダー率いるギャング一味に奪われる。フェンダーに個人的な恨みを持つギブソンとサイボーグを救いたいナディは一行を追いかけるが…
 最低映画監督アルバート・ピュンがジャン=クロード・ヴァン・ダム主演でとった近未来アクション。あまりのひどさに一件の価値はあり。

 この作品は基本的には典型的なハリウッドアクション映画だ。男たちがこぶしで殴りあい、ナイフを振り、言葉にならない雄たけびをあげる。殺せるチャンスがあっても殴り倒すことを選び、意味もなく筋肉ムキムキの体をひけらかす。

 タイトルは『サイボーグ』となっているが、それは対立するフェンダーとギブソン(ギターの名前みたいだ)がそのサイボーグを奪い合っているからであって、別にサイボーグが闘うわけではない。まあ近未来の終末観を出したいがために舞台を未来に設定し、未来であることがわかるようにそんなタイトルにしたのだろうけれど、実際のところ文明が衰退してしまったために火器はほとんど使えなくなっているので、舞台は古代ローマでもかまわなかったのかもしれない。

 そのどこでもいいところでどうでもいいことが起きる。そもそもペストって抗生物質で治るよね? いくら文明が崩壊したからってそれで人類が滅亡するという設定もひどい。何らかのウィルスが働いて人間が凶暴化したなんていう設定ならわかるが、ペストでこんなになるなんて…

 この映画がヒットしたというのだから本当にアメリカという国はわからない。そんなにみんな意味のない暴力が好きなのだろうか。基本的に言葉をしゃべらず、多くの登場人物が顔を隠しているのは、その無名性によって人間性を否定し暴力を正当化するためだろうか。人間でない人間が殴りあい殺しあう。そのさまを見るのがアメリカ人は好きなのだろうか。

 まあ出来が悪くリアリティがまったくないので、人と人が殺しあうことに対する嫌悪感というものすら感じさせないので、唾棄すべき作品というよりはあまりにひどくて笑っちゃう作品といったほうがふさわしい。たとえるならば「まずいのに体にいいわけではない青汁」(悪くもない)というところだろうか。なかには「まずーい。もう一杯」と言ってしまう人がいるから、この最低の監督アルバート・ピュンは作品を撮り続けてしまっているのだろう。

 そんなアルバート・ピュンの毒にやられてしまっている人と若かりし頃のジャン=クロード・ヴァン・ダムが見たいという人以外にはまったく勧めません。あとは本当にどうしようもないクソ映画(汚い言葉ですみません)を観たい人はどうぞ。

恋は舞い降りた

1997年,日本,114分
監督:長谷川康夫
原案:遊川和彦
脚本:飯田健三郎、喜多川康彦
撮影:矢田行男
音楽:橋本文雄
出演:唐沢寿明、江角マキ子、今村恵子、沢村一樹、玉置浩二、渡辺えり子

 天使のミスであやまって死んでしまったやり手のホスト神崎啓一郎。「生き返らせろ」と突っかかる啓一郎に天使が妥協案を示した。それは、「地上で最初に言葉を交わした女性を幸せにできたら生き返らせる」というもので、そのために4つの願いをかなえられるというのだ。というわけで、啓一郎は偶然言葉を交わしたバツイチの女性マチ子を幸せにしようと奮闘するのだが…
 脚本家として知られる長谷川康夫が豪華キャストで監督したまっとうなラブストーリー。 

 別にストーリーが悪いとか、役者が下手とか、そういうことはまったくないんだけれど、なんとなく全体に古臭い。80年代のトレンディードラマの香りがする。カメラの使い方も映画というよりはドラマ。特に、唐沢寿明が雪だるまの中に入って二人が会話するシーンでの二人の主人公のアップの切り返しが延々と続くのはかなりきつい。しかも、唐沢寿明のほうは雪だるまの中からの視点で、江角マキ子のほうは雪だるまの外からの視点。いったい何の意味があるんだ! 大スクリーンであんなわけのわからんアップ続けられたらぶちきれるぞ! というくらいのシーンでした。
 それ以外でもかなりつたないところがたくさん。ひとつあげれば、最後にヘリで上から東京の街を撮るところ、ヘリに乗っているからだろうけれど街の画は相当ぶれているのに、そこに降りしきっているはずの雪はまったくぶれない。かー、あとづけばればれだぞ!
 あまりのちゃちさに怒り心頭。まだ「シベ超」のほうがよくできてる。
 江角マキ子はきれい。なんか若く見えるけど、それほど前でもないんですね。