イヤー・オブ・ザ・ホース

Year of the Horse
1997年,アメリカ,107分
監督:ジム・ジャームッシュ
撮影:ジム・ジャームッシュ、L・A・ジョンソン、スティーヴ・オヌスカ、アーサー・ロサト
音楽:ニール・ヤング、クレイジー・ホース
出演:ニール・ヤング、フランク・パンチョ・サンペドロ、ビリー・タルボット、ラルフ・モリー、ジム・ジャームッシュ

 20年以上も活動を続けているバンド、ニール・ヤング・アンド・クレイジー・ホースのドイツでのライブ映像とインタビューでクレイジー・ホースの活動を追うドキュメンタリー。
 自身クレイジー・ホースの大ファンであるジム・ジャームッシュが独特の感性で作ったミュージックビデオといえばいいだろうか? ライブ映像は一曲ずつフルコーラスやるので、ロック好きではない人には少々つらいかもしれない。しかし、ロック好き! という人にはたまらない作品。クレイジー・ホースの痺れるような演奏がとことん聞ける。あるいは、ロックというものに興味がなかった人(最近は、そんな人もあまりいないか)もこの映画を見れば、その力に圧倒されるかもしれない。
 ジム・ジャームッシュらしさもそこここに見られ、特に映像(ライブ以外の部分)に注目すれば、ジャームッシュの映画と実感できる。 

 まず、最初に誰もいないインタビュールーム(といってもこ汚い部屋)が映った時点で、「あ、ジャームッシュ」と思わせるほどジャームッシュの映像は独特だ。この部屋のような空間の多いものの配置がいかにもジャームッシュらしい。今回は、編集が「デッド・マン」などで組んだジェイ・ラビノウィッツであるというのも、ジャームッシュらしさが感じられる一因であるのだろう。
 それはさておき、ニール・ヤングとクレイジー・ホースがとにかくかっこいい。このギターおやじたちは何者だ? と思った方も多いかと思いますので、私の浅い知識で解説。ニール・ヤングといえば、いわずと知れた伝説のギタリスト。恐らく60年代から、バッファロー・スプリングフィールドに参加、その後CSNY(クロスビー・ステルス・ナッシュ・アンド・ヤング)に少し参加。あとはソロで活動したり、いろいろな人の横でギターを弾いたりしている人。ジャームッシュとの関係で言えば、「デッド・マン」で音楽を担当。クレイジー・ホースについては私も映画以上の知識はないんですが、ニール・ヤング単体の音と比較した場合、クレイジー・ホースのほうが明らかに轟音ですね。とにかく、一つのバンドに長くいることのないニール・ヤングが20年以上も活動しているということを考えると、これこそがニール・ヤングのバンドなのでしょう。
 とにかく、ジャームッシュがファンだということは伝わる。彼等の魅力を自分なりに伝えようと躍起になっている感じ。そのため、ライブの音は同時録音ではなく、別どりにしたらしい。音へのこだわり。
 この映画はトリップできるよ。特に大きなスクリーンで見ると。ざらついた映像とギターの轟音が体に突き刺さってきて、からだ全体を揺さぶられる。 

ダウン・バイ・ロー

Down by Law
1986年,アメリカ=西ドイツ,107分
監督:ジム・ジャームッシュ
脚本:ジム・ジャームッシュ
撮影:ロビー・ミューラー
音楽:ジョン・ルーリー
出演:トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニ、ニコレッタ・ブラスキ、エレン・バーキン

 同じように仲間にはめられ、OPP刑務所で同じ房となったジャックとザックはいつとも知れぬ釈放の日を待ちわびていた。そこに不思議なイタリア人ロベルトが入ってくる。二人はロベルトに翻弄され、脱獄するはめに……
 ジャームッシュらしく淡々とした物語の中に奇妙なユーモアが混じり、独特の世界を作り出す。

 この映画の特徴は、映画のテンポが大きく動くということ。序盤、ジャックとザックがつかまる前はぽんぽんとテンポよくすすみ、刑務所に入ったとたん、時間の経過は単調になる。それはもちろん壁に刻まれた黒い線(正の字とは言わないだろうけど)に象徴的に表される。ただただ出所を待つだけの単調な毎日、そして再びそれがテンポアップするのはロベルトがやってくるところだ。彼の刑務所には似合わない破天荒な行動が再び時間に活気を与える。
 この、時間の経過のテンポの変化というのはジャームッシュ作品に特徴的なものだ。多くの場合は、そのテンポはカットの切り方や真っ白な画面(カットとカットのあいだに白い何もないカットをはさんで間をとる)でとられるのだが、このジャームッシュ独特のリズムの取り方というのがジャームッシュ作品に引き込まれてしまう最大の要因なのではないかとこの映画を見て思った。

ゴースト・ドッグ

Ghost Dog: The Way of the Samurai
1996年,アメリカ=フランス=ドイツ=日本,116分
監督:ジム・ジャームッシュ
脚本:ジム・ジャームッシュ
撮影:ロビー・ミューラー
音楽:Rza
出演:フォレスト・ウィテカー、ジョン・トーメイ、クリフ・ゴーマン、ヘンリー・シルヴァ、カミール・ウィンブッシュ、イザアック・ド・バンコレ

 ジム・ジャームッシュが武士道についての本「葉隠」を題材に、ゴースト・ドッグと呼ばれる殺し屋を描いた物語。さすがに、ジャームッシュらしく、単なるアクション映画にすることなく、ユーモアと不条理をそこに織り込んである。
 いつものことながら、登場人物たちのキャラクターがすばらしく、アニメ好きのマフィア、フランス語しかしゃべれないアイスクリーム売り、犬、鳩、ボスの娘。
 この作品ののすばらしいところは、単なる日本かぶれではなく、「日本」という要素をうまく扱って自分の世界にはめ込み、オリジナルな世界を作り出したところ。ジャームッシュ作品の中でも指折りの名作だと思う。

 「葉隠」という本は正しくは「葉隠聞書」、享保元年(1716年)に山本常朝が口述したもの。三島由紀夫が「葉隠入門」という本を出し、有名になった。
 それはそれとして、ジャームッシュの映画を見て、いつも感心させられるのは、登場人物のキャラクターだ。まず、年寄りばかりでアニメ好きのマフィアというのが素晴らしい。しかも家賃をためている。言われてみればいそうなものだが、普通の映画には出てこない。そして、フランス語しかしゃべれない、アイスクリーム売りというのも素晴らしい発想。そして、ボスの娘も。頭が弱いといわれながら、本当は登場人物の中でもっとも明晰なんじゃないかと思わせる。かれらの心の声は直接スクリーンは出てこないのだけれど、それがなんとなく伝わってくるところがジャームッシュの素晴らしいところ、そして不思議なところ。
 ジム・ジャームッシュは本当に日本が好きで、ストレンジャー・ザン・パラダイスの小津安二郎ばりのローアングル・長回しに始まり、ミステリー・トレインの永瀬正敏と工藤夕貴、そしてゴースト・ドック。この映画では、黒沢明が最後にクレジットされているが、これはジャームッシュのKUROSAWAに対する弔意の表明だそうだ。水道管越しに撃ち殺すというのも鈴木清順の「殺しの烙印」からもらったらしい。
 こんなことを書いていると、マニアな映画に見えてしまうけれど、ジャームッシュの映画は、そのリズムにのっかてしまえば誰もが楽しめる不思議な世界。そしてマニアックに観ようとすればいくらでもマニアな観方ができる映画。この映画も音楽面にマニアックにはまり込んでいく人もいるだろうし、カメラワークの妙にのめりこんでいく人もいるだろう。映画というもののあらゆる面をひとつの映画に詰め込める、ジム・ジャームッシュはすばらしい。