ギリーは首ったけ

Say it isn’t so
2001年,アメリカ,96分
監督:ジェームズ・B・ロジャーズ
脚本:ピーター・ゴールク、ジェリー・スワロー
撮影:マーク・アーウィン
音楽:メイソン・ダーリング
出演:ヘザー・グレアム、クリス・クライン、オーランド・ジョーンズ、サリー・フィールド

 インディアナの小さな町の鳥獣保護センターで働くギリーは恋人もおらず、母親を探すことに熱意を傾けていた。彼の望みは鳥肌の立つような完璧な美人と結婚することだったが、ある日、町の美容院にそんな美女がやってきたことを聞き、ギリーは髪を切ってもらうことにするが、その美容師ジョーはうっかりギリーの耳を切ってしまう。しかし、そのことから二人の付き合いがはじまり…
 『メリーに首ったけ』のファレリー兄弟がプロデュースしたナンセンス・コメディ。『メリー…』よりさらにB級テイストとが増しているが、ギャグが当たり前すぎてあまり笑えない…

 はっきり言って、こんなネタじゃ笑えません。映画を10分見れば、結末まで大体読めてしまうし、クリス・クラインにはいまいちコメディアンとしてのセンスが感じられず、ヘザー・グレアムもしかり。狙ったギャグでも笑えるとしても失笑というか「ハハン」と鼻で笑うくらい。
 なのであまり語ることもありませんが、唯一ギャグとして成立していたのはビッグ・ディッグというキャラクター。名前がそもそもお下劣ギャグなわけで、さらに障害者をネタにしているということでいろいろ問題はあるわけですが、ファレリー兄弟らしいネタで、さすがにつぼを心得いているというか、あまり差別的にはならないようにうまく使っている。乾燥機に入っているシーンが一番の爆笑シーンだったかもしれません。
 『メリーに首ったけ』は面白かったけれど、私は個人的にはあまりファレリー兄弟がヒットしてこないようです。やるならもっとばかばかしく、とにかくバカにやってほしいと思います。

愛しのローズマリー

Shallow Hal
2001年,アメリカ,114分
監督:ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー
脚本:ショーン・モイニハン、ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー
撮影:ラッセル・カーペンター
音楽:アイヴィ
出演:グウィネス・パルトロー、ジャック・ブラック、ジェイソン・アレクサンダー

 独身男のハルは少年時代、尊敬した父親がなくなる瞬間に一人立ち会った。その父親がモルヒネの譫妄状態で残した最後の言葉は「女は見た目だ」というものだった。それがトラウマのように働いて女を見かけでしか判断できない彼は、クラブでも美女ばかりにアタックしては振られるという生活を続けていた。そんな彼がある日テレビで有名な心理カウンセラーに出会って…
 コメディ映画のヒットメイカーとなったファレリー兄弟がグウィネス・パルトロー主演で作ったロマンティック・コメディ。グウィネスが特殊メイクで300キロの女を演じたというのも話題に。

 まあ、コメディということで、あまり細かいところにはこだわりたくないのですが、どうしても引っかかるのでいっておきます。ちょっくらネタばれ目ですが、あまり気にしないでください。
 えー、マウリシオが心理カウンセラーに会いに行って問い詰めるところで、「どうして、知らない人の心なんて見えるんだ?」と質問する場面があります。そこでカウンセラーは「見ようと思えば見える」と答えるわけですが、この会話を受け入れられるかどうかでこの映画を受け入れられるかどうかが決まってくる。
 この映画を見ていて誰もが感じる疑問は、どうして待ち行く知らない人々の心のよしあしがわかるのか? ということで、ファレリー兄弟はその根本的な疑問をわざわざ自ら持ち出してくる。しかし、その答えを観客に対して用意するのではなくて、さらりと流してしまう。この確信犯的なごまかしには何かあると考えるのは考えすぎなのか?
 そもそも、この映画における「心が美しい」という基準はあまりに短絡的過ぎる。ボランティアをやっていたり、病気のおばあさんの看病をしたり、ただそれだけで心が美しい人になってしまう。ハルが見ている心の美しさとはそんな短絡的な美しさなのだ。
 となると、この映画でいう心のよしあしが見えるというのはあくまで表層的な心のよしあしで、その程度のものならば知らない人でも見ようと思えば見えるものだといってしまっているということができるかもしれない。だとすると、この兄弟は相当シニカルでやなやつらだが、一応筋は通る。
 でも、本当のところはおそらくそんなことまでは考えておらず、あるいは考えたかもしれないけれど、考えなかったことにして、「見ようと思えば見える」という無理やりな論法で、しかも美しさの基準もわかりやすいものにして、その単純な構造から生まれる単純な物語を語る。その単純さを求めたのだろう。ファレリー兄弟のコメディの作り方にはそんな単純化の傾向が見られ、その単純な物語でとりあえず観客を映画に乗せて、周りのギャグで笑わせようという発想があるのではないか。
 なので、結論を言ってしまえば、細かいことにはこだわらず、面白いギャグがあったら笑えばいい。ということになります。

メリーに首ったけ

There’s Something about Mary
1998年,アメリカ,119分
監督:ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー
脚本:エド・デクター、ジョン・J・ストラウス、ピーター・ファレリー、ボビー・ファレリー
撮影:マーク・アーウィ
音楽:ジョナサン・リッチマン
出演:キャメロン・ディアス、マット・ディロン、ベン・スティラー、リー・エバンス、クリス・エリオット、ブレット・ファーブ

 テッドは本当にどうしようもない男。彼の唯一の誇りは、高校のプロム・パーティーに学校のアイドルメリーに誘われたこと。しかし、その大事な時にジッパーに大事なモノを挟んでしまい病院送りという本当にまぬけな男。
 月日は流れ、友人に勧められメリーを探すことにしたテッド、彼女を見つけることはできたのだが、 彼女の周りには数多くのライバルがいて…
 メリーを巡る男たちのせこく、くだらない争い。とにかく、ドタバタお下劣ギャグ満載、道徳心のある人は見てはいけません。

 単純明快なコメディですが、私にとってコメディ映画の条件は、
・とにかくくだらない(その通り)
・インパクトのある場面がある(ファスナーとか犬とか)
・一応ストーリー展開が気になる(だいたい読めるけど)
・オチがつく(体質的にオチがつかないと落ち着かない。なんちって(>o<;) )
 です。この映画一応条件を満たしています。
 しかし、メリーに首ったけが好きな理由はこれだけではありません。キャメロン・ディアスがかわいいのはもちろんですが、やはり、アメフトネタですね。アメリカ人にはわかりやすいけれど、日本人にはあまりわかりにくいアメフトネタ。私はアメフト好きなので、非常にうれしかった。
 と、言うわけでここで解説。
 まず、ブレッドことブレット・ファーブは本当に本当にNFL(アメリカのプロフットボールリーグ)のスーパースターで、年俸も5億くらいもらってると思います。で、メリーが、ブレッドをふった理由が、字幕ではどうなっていたか忘れましたが、英語では、「私は49ersのファンだから」というような感じの台詞だったんですね。ブレット・ファーブはグリーンベイ・パッカーズの選手で、それが気に入らなかったというわけです。映画の途中でも、オフィスの椅子にスティブ・ヤング(49ersの選手でファーブと同じくらいスーパースター)がかかっていたというのもにくい作戦ですね。
 こんな感じで、ただの薀蓄披露になってしまいましたが、ファーブじゃなくて、ヤングだったら、ベン・スティラーはふられてたのか?と思ってしまう今日この頃です。
 などというアメフト話はおいておいて、この映画でいちばん好きだったのは、唐突に歌いだす二人組。その名はジョナサン・リッチマン。この映画の音楽を担当している人です。一応ちゃんとしたアーチストで、CDなんかも出しています。しかし、とにかく登場の仕方が面白い。ああ、これぞまさしくアメリカンコメディ。