栄養学の研究者キャンベル博士は研究を進めるうち、動物性タンパク質と癌の関係に気づき、心臓外科医のエセルスティン博士はいくら外科手術をしても患者が減るわけではないという外科の限界を悟る。2人が行き着いたのは菜食による予防医療という考え方、そして研究を進め、乳製品を始めとするあらゆる動物性食品を避けることを提言するが…
自身も生活習慣病の可能性を指摘され菜食に挑戦したリー・フルカーソン監督による社会はドキュメンタリー。
「菜食は体にいい」というのはよく言われることで、目新しいアイデアではない。しかし、この映画はそれ以上に「肉食は体に悪い」ことを主張する映画だ。そして、肉を食べるのが悪いというにとどまらず、乳製品も含めた動物性タンパク質が癌などの病気のリスクを増加させ、逆に菜食によって病気が治ると主張するのだ。
そう主張する出演者は立派な権威がある博士で、その説にも説得力はある。極端だなとは思うけれど、やっぱり菜食のほうが体にいいのだろうと言うところは納得できる。しかし、この映画はその主張をさらに進めるために乳製品の消費促進が政府の陰謀であるとも取れるような話を持ち出してくる。
この「政府の陰謀」的な話はアメリカの「社会派」と呼ばれるドキュメンタリーで度々持ち出される話で、「政府が」と言うよりは一部のロビイストが自己の利益のために事実を隠そうとするというある種の「不都合な真実」の暴露という形を取る。このような物語も新鮮味がある時にはそれなりに説得力があったが、繰り返し描かれるとその陰謀説自体が眉唾に思えてきてしまう。そんなにもたくさんの陰謀があるはずがないと。
だから、この映画で言われていることも全面的に受け入れることは難しい。実際に菜食によって病気が治った人はいるのだろうし、動物性タンパク質を取り過ぎることで癌になりやすくなるのも事実なのだろう。しかし、だから動物性タンパク質を一切取らないほうが健康にいいというのはそのまま納得できる話ではない。
ただ、この映画で興味深かったのは肉食というか高カロリー食がいわば「ドラッグ」のように人間に作用し、歯止めが効かずに人間のいのちを縮める罠にもなりうるという描写だ。高カロリー食は動物が生きるために効率のよいものなので、動物に快楽をもたらす。だから食べ過ぎてしまう、というわけだ。
「欲望の行き過ぎが自らを滅ぼす」というのは食にかぎらず現代人が抱えるさまざまな問題に共通する考え方だ。加えて、動物性タンパク質の生産効率の悪さも考えると、確かに「これからの世界」を考えると菜食というのは有益な方法なのだろうとは思う。
しかし、かといってこの映画を見たからといって、あまり動物性タンパク質を取らないようにしようとは思えないのはなぜなのか。昨今のドキュメンタリーの多くに「言ってることは最もだけど、どうも素直に受け止められない」という感想を持ってしまう。そこには同じような情報を雨あられと浴びている受け手の問題もあるかと思うが、作る側にも一方的な想いをぶつけがちという問題があるように思える。
ドキュメンタリーとはいってもあくまで映画であり、あくまで作りものであり、あくまで作り手の主観というフィルターを通されたものなのだから、その作品と受け手の現実との間には常に距離がある。その距離を受け手が想像力で埋めるということを前提に作られていないと、受ける側が「自分ごと」として捉えられなくなってしまう。そういう「考えさせる」テクニックを自覚的に使えばもう少し共感できたのかもしれない。
DATA
2011年,アメリカ,96分
監督: リー・フルカーソン
脚本: リー・フルカーソン
撮影: ジョン・オルファノプーロス
音楽: ラモン・バルカザール
出演: コールドウェル・エセルスティン、コリン・キャンベル
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