プランケット&マクレーン

Plunkett and MacLeane
1999年,イギリス,100分
監督:ジェイク・スコット
脚本:ロバート・ウェイド、ニール・バーヴィス、チャールズ・マッケオン
撮影:ジョン・マシソン
音楽:クレイグ・アームストロング
出演:ロバート・カーライル、ジョニー・リー・ミラー、リヴ・タイラー、アラン・カミング、ケン・スコット、トミー・フラナガン

 18世紀イギリスで有名になった「紳士強盗」こと、プランケットとマクレーンの強盗団の活躍を描いたアクション映画。
 貧乏だが地位と品位は兼ね備えているマクレーン大尉と、泥棒を家業としているプランケット。この二人が組んで貴族から強盗をはじめると、マクレーンの紳士的な態度から「紳士強盗」とよばれ、世間の評判になる。この二人に裁判長の娘レディ・レベッカが絡んで物語は展開して行く。
 監督のジェイク・スコットはリドリー・スコットの実子でこれが初監督作品。イギリス映画としては派手で撮り方もハリウッド映画のような雰囲気。アクションシーンはなかなかの迫力がある。

 本当にイギリス映画なのかと疑いたくなるほどハリウッドっぽい作品。イギリス映画らしいところもなくはないが、そのどれもが決して独創的とは言えないところに難がある。銃撃シーンがスローモーションだったり、服を脱ぐシーンがコマ送りだったり、どこかで見たことあるんだよなという映像的工夫しかなかったのがつらかった。
 ストーリーとしてはなかなか面白いんだけれど、先の展開は読みやすく、あまりスリルは味わえない。
 とにかくこの映画はロバート・カーライルとリヴ・タイラーの映画。ロバート・カーライルが一人映画らしい存在としているという感じ。ロバート・カーライルらしさは十分に出ている、最後のシーンの独特な走り方を見ながら、「ああ、やっぱりいい役者ね」と思いました。リヴ・タイラーはとにかくかわいいのでいい。ちょっと首が太いのと肩幅が広いのが気になりますが、まあいいでしょう。お父さんに似なくて本当によかった(余談)。

グレアム・ヤング毒殺日記

The Young Poisoner’s Handbook 
1994年,イギリス,99分
監督:ベンジャミン・ロス
脚本:ベンジャミン・ロス
撮影:ヒューバート・タクザノブスキー
音楽:ロバート・レーン、フランク・ストローベル
出演:ヒュー・オコナー、アントニー・シェール、ルース・シーン、ロジャー・ロイド・バック

 1960年代に家族をはじめとして、多くの人を毒殺した毒殺魔グレアム・ヤングの実話に基づいた物語。
 グレアムは幼いことから科学に興味を持ち、14歳のときにニュートンがダイヤモンドを合成したといわれる硫化アンチモンという薬品に出会う。しかしこれは強力な毒にもなる薬品だった。この薬品の魅力にとりつかれた彼は、実験を繰り返しながらより強力でばれにくい毒薬を探して行く。
 「毒殺魔」という地味で映画になりにくそうな題材を扱いながら、かなり観客をひき込む魔力を持った映画。物語は淡々と進んでいくのだけれど、観客はどうにもそわそわしてしまう。音楽(選曲)もかなりよい。 

 話としてはかなりえげつなく、どろどろした話のはずなのに、主人公の淡々としたところと、なぜかほのぼのとした音楽が不思議な魅力。特に音楽のアンバランスさはかなりいい。
 なかなか言葉で表現しにくい魅力ですねこの映画は。一言でいってしまえば、すべてひっくるめた全体の雰囲気が好き。映像も時々突っ張ったところがありながら、全体としてはオーソドックス。しかし、神経を逆なでするような効果がかなり入れ込んである。役者もかなり素人くさい人たちなのに、なんとも言えない味がある。いかにも毒殺されそうなキャラクター(どんなじゃ!)というか、絵にかいたようなありふれた人(つまり、実際にはあまりいない)というか、とにかく映画のそわそわ感とはまったく正反対の人たちなわけです。
 と、言うわけであまりうまく書けなかったものの、個人的にはかなりつぼに入った映画だったということは伝わったでしょうか? ちょっと「π」にも通じるような感じですね。映画の「味」が似ています。 

第三の男

The Third Man
1949年,イギリス,105分
監督:キャロル・リード
原作:グレアム・グリーン
脚本:グレアム・グリーン
撮影:ロバート・クラスカー
音楽:アントン・カラス 
出演:ジョセフ・コットン、オーソン・ウェルズ、アリダ・ヴァリ、トレヴァー・ハワード、バーナード・リー

 第二次大戦直後のウィーンに招かれた一文なしの小説家ホリー・マーチンスは着くなり招待してくれた友人はリー・ライムの死を知らされる。事故死といわれたが納得いかないホリーは現場にいたという第三の男を探しはじめる。
 非常にうまくトリックが隠されたサスペンス。非常に凝った構図が多く見られ、映像へのこだわりが感じられる作品。フレームによって切り取られた、瓦礫に埋もれたウィーンの風景は暗く、重苦しいが、美しさにあふれている。 

 オーソン・ウェルズがこの映画への出演を渋っていたというのはあまりに有名な話ですが、なぜ出たかということについては諸説あります。ひとつは、撮影現場を覗きにいってみたら、意外と気にいったというもの、ちょっと宣伝臭い匂いがしますね。もうひとつは、当時製作中だった映画の資金繰りが悪化し、その資金集めのために出演することにしたというもの。
 まあどちらにしろ、この映画にとって重要なのは、オーソン・ウェルズがでたということ。彼がいるといないとでは大違いですね。初登場のシーンから、きゅっと頭に刻まれる彼の表情、渋い声、眉間の皺、などなど。
 プロットもいいし、映像もいいので、オーソン・ウェルズがいなくても映画として成立はしたと思いますが、やっぱり、いるといないとでは大違い。 

ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ

Hilary and Jackie
1998年,イギリス,121分
監督:アナンド・タッカー
原作:ヒラリー&ピエール・デュ・プレ
脚本:フランク・コトレル・ボイス
撮影:デヴィッド・ジョンソン
音楽:バーリントン・フェロング
出演:エミリー・ワトソン、レイチェル・グリフィス、ジェームズ・フレイン、デヴィッド・モリセイ、チャールズ・ダンス

 実在のチェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレの生涯を姉妹の関係にスポットを当てて描いた感動作。
 二人の姉妹が海辺で遊ぶ謎めいたシーンから映画は始まる。ヒラリーとジャクリーヌの姉妹は音楽好き、姉のヒラリーはフルート演奏で将来を嘱望され、BBCから出演依頼が来るが、一緒に連れて行ってもらったジャクリーヌは演奏の邪魔をしてしまう。悔しいジャクリーヌはその日から毎日チェロの練習に励むようになった。
 全編にわたって流れるチェロの音色が心に染み入ってくる。映像もさりげない工夫が凝らされていてよい。

 まず、邦題に難ありというところ。「ほんとうの」とかいってしまうとなんだか堅苦しい伝記映画みたいに見える。原題の”Hilary and Jackie”のほうが、映画の内容を端的に表していていいのでは。
 この映画はかなり「いい」と思う。さりげないんだけどよくできた映画。女性チェロを持つと凄くエロティックだし、魅力的に見えると前から思ってはいたのだけれど、この映画を見てかなり実感。特に、黒いバックで全身(ドレスの色が変わってゆく)と手のアップを交互に映し出してゆく場面が印象的。ダニエルとジャッキーが初めて出会ったパーティーで協奏するシーンも非常に良かった。
 あまり期待していなかっただけに、思わぬ収穫でした。

バタフライ・キス

Butterfly Kiss
1995年,イギリス,85分
監督:マイケル・ウィンターボトム
脚本:フランク・コトレル・ボイス
撮影:シーマス・マッガーヴェイ
音楽:ジョン・ハール
出演:アマンダ・プラマー、サスキア・リーヴス、リッキー・トムリンソン、キャシー・ジェイミソン

 「ウェルカム・トゥ・サラエボ」などで知られるマイケル・ウィンターボトム監督の初長編作。
 ハイウェイのガソリンスタンドで「ジュディス」という女性を探すユーニス。「ジュディス」ではないとわかった店員を殺し、次のスタンドへ。そこで出会ったミリアムは、ガソリンを体に振り掛ける彼女を心配し、自分の家に連れてゆく。ユーニス(ユー)に惹かれてゆくミリアム(ミー)、ふたりは果たして…
 物語はミリアムの告白を語り部に展開してゆく。レズビアン版シド&ナンシーと例えることもできるし、神話世界のメタファーとして読み解くこともできるだろう。ユーとミーという呼び名に何らかの示唆を読み取ることもできるかもしれない。現代的な映像の奥に、深みを感じさせるウィンターボトム監督の力作。

 「ジュディス」は旧約外典のひとつ『ユディト書』の主人公ユディトに由来していると思われる。未亡人ユディトは敵国の将ホロフェルネスを誘惑し、油断させ、寝首を掻き切ったイスラエルの女性。グスタフ・クリムトが描いた『ユディトⅠ』という絵が有名だが、この絵でユディトはホロフェルネスの首を抱えて微笑んでいる。このことから考えるとユーニスは「ジュディス」、つまり自分を殺しに来る何者かを探していると解釈することができる。しかもそれは自分を愛してくれる誰かでなくてはならない。そう考えると、ミリアムの「私がジュディスの代わりになる」というセリフが意味を持ってくるわけだ。ミリアムはユーリスにとってのジュディスになり、ユーリスはホロフェルネスになれる。
 キリスト教圏の人が「ジュディス」と「ユディト」とをすぐに結びつけることができるのかはわからないが、私は映画を見てから調べるまでそんなことはまったく知らなかった。このようなメタファーが映画に出てくることはままあるが、それを理解できないことが多い。あとから史ってなんとも残念な気分になることがありますが、今回もそうでした。ちなみにミリアムはモーゼの姉の名だが、これも何か関係あるのかもしれない。

鳩の翼

The Wings of the Dove
1997年,イギリス,101分
監督:イアン・ソフトリー
原作:ヘンリー・ジェームズ
脚本:ホセイン・アミニ
撮影:エドゥアルド・セラ
音楽:エド・シェアマー
出演:ヘレナ・ボナム=カーター、ライナス・ローチ、アリソン・エリオット、シャーロット・ランプリング

 20世紀初頭のイギリスを舞台に、貴族という没落してゆく階級の誇りが生み出す悲喜劇を織り込んだ恋愛映画。原作はイギリス文学界の巨匠ヘンリー・ジェームズ。
 貴族の伯母の元に引き取られたケイト(ヘレナ・ボナム=カーター)には新聞記者の恋人がいる。しかし伯母が新聞記者との結婚を許さないことは目に見えていた。古典的なテーマで物語りは進行する。偉大なる凡庸さ。本当にうまくまとまったという感じだけを残す映画だが、その単純な物語と平凡な映像でも私たちは感動させられてしまう。これが古典的な物語の力なのだろうか?

 この映画のつくりは本当に普通だ。カメラワークに工夫があるわけでもはっとさせられるフレームがあるわけでも、ドキドキさせられるようなセリフがあるわけでもない。物語りもいたって古典的で、その展開にハラハラすることもない。しかし、その淡々と進んでゆく物語の奥で展開する人々の心の葛藤に私たちは感動する。果たしてこれは映画の力ではないのかもしれないが、このような味わいの映画もたまにはいいものだ。
 でも、それはあくまでたまにであって、この映画を傑作ということはできない。このような味わいでこれくらいのレベルの映画ならたくさんあるだろうし、その中からこの映画を選ぶ理由とすれば、「ファイト・クラブ」で挑発的な演技を見せたヘレナ・ボナム・カーターのゴシックな姿を見ることくらいか。ヘレナ・ボナム=カーターはこの映画でも、性格的には非常に感情的な人間として描かれている。彼女の凛とした顔は気が強そうな印象を与えるので、なかなかのはまり役だったと思う。

ヒューマン・トラフィック

Human Traffic
1999年,イギリス,99分
監督:ジャスティン・ケリガン
脚本:ジャスティン・ケリガン
撮影:ディビッド・ベネット
音楽:ピート・トン、ロベルト・メロウ、マチュー・ハーバート
出演:ジョン・シム、ロレーヌ・ピルキントン、ショーン・パークス、ニコラ・レイノルズ、ダニー・ダイアー

 ドラッグのやりすぎでインポになってしまったと悩むジップと彼を取り巻く友人たちは、月曜日から金曜日まで家賃のために働き、週末の48時間をクラブでぶっ飛んで過ごすことに生きがいを見つける。 前半はそんな彼らの金曜日から土曜日にかけてのバカ・トビ生活を軽快に、後半は、ジップのインポを中心に、彼らの世代の誰しもが経験する人生に対する疑問が「パラノイア」という言葉によって表現され、頭をもたげる。
 この映画ははっきりいって、ジェネレーション・ムービー。なので、世代によって非常に評価は分かれるし、見方も変わる。個人的には監督(25歳)と同世代のため、非常に同感できるものがあったが、果たしてこれが万人に通用するのかどうかはわからない。しかも、クラブ・ミュージックが楽しめなければ、物語に入り込むことができないかもしれない。
 そうなってしまうと、劇中ドキュメンタリーを撮影にクラブにやってきたおばさん(失礼!)同様、「バカじゃないの」で終わってしまうことでしょう。かといって、薦めないわけではありません。映像もそれなりに面白いし、イギリス的な笑いもかなり盛り込まれているので、とりあえず楽しめる(かな?イギリスの笑いがだめという人はそもそも笑えないかも)。