僕たちのアナ・バナナ

Keeping the Faith
2000年,アメリカ,129分
監督:エドワード・ノートン
脚本:スチュアート・ブルムバーグ
撮影:アナスタス・N・ミコス
音楽:エルマー・バーンスタイン
出演:ベン・スティラー、エドワード・ノートン、ジェナ・エルフマン、アン・バンクロフト、ミロシュ・フォアマン

 飲んだくれて酔っ払い、一見のバーにたどり着いたひとりの男。男は実は神父だった。おもむろに彼が語りだした身の上話は、幼馴染の男2人・女1人の物語だった。
 「ファイト・クラブ」などで売れっ子になった俳優エドワード・ノートンの初監督作品。映画自体はわかりやすいラブ・コメというところだが、なかなかひねりが聞いていて見がいはある映画に仕上がっている。と思うけど、気に入らない人もいると思う。

 さらっと見ると普通のラブ・コメ。しかし、実のところかなり微妙な作品。かなりの部分は陳腐な作りなのだけれど、ひとくちに陳腐といってしまっていいのかという気もするところ。
 いきなり、ポケットからスキットボトルを取り出しあおる。しかもシルエット。そして千鳥足、通行人とぶつかりごみ溜めに倒れこむ。ここまであほのように分かりやすくありきたりに自棄酒を飲んだ酔っ払いを描いてしまう。のっけから鼻白い感じがするが、どこかで「狙い?」という疑問がちらりと横切る。
 しかし、その酔っ払いが神父で、その友達がレヴァイという設定に出会って脚本への期待が膨らむ。それから、2人の少年が十字を切るシーンに出くわし、「このギャグのセンスはなかなかどうして」と思ったりする。
 しかししかし、この映画はかたくなに陳腐。型にはまったキャラクター達が型どおりの行動をし、それをオーソドックスにとりつづける。「レインマン」のような映画ネタがたくさんでてくるところを見て、結局のところ映画好きがついつい自分でも撮ってしまった映画なのね… と思う。
 しかし、この陳腐さ・この外し方が狙いなのだとしたらすごいのかもしれない。本当はすごく才能がある監督なのかもしれない。陳腐陳腐と思っていながら、ついつい感動してしまったし…
 次回作を期待しないで待つことにします。

ハート・オブ・ウーマン

What Woman Want
2000年,アメリカ,127分
監督:ナンシー・マイヤーズ
脚本:ジョルジュ・ゴールドスミス、キャシー・ユスパ
撮影:ディーン・カンディ
音楽:アラン・シルヴェストリ
出演:メル・ギブソン、ヘレン・ハント、マリサ・トメイ、アシュレイ・ジョンソン、ベット・ミドラー

 大手広告代理店に勤めるニックは「男」抜けの広告で数々のヒットを飛ばしてきた広告マン。私生活ではバツイチで娘もいるけれど、女をたらしこむのは大の得意。そんな彼のところにライバル会社から引き抜かれたダーシーがやってきた。彼女の打ち出した「女性路線」に困惑する彼だったが、ある事故をきっかけに女性の考えが聞こえるようになってしまい…
 「花嫁のパパ」などのコメディーライターとして活躍するナンシー・マイヤーズの監督第2作。メル・ギブソンファンなら見て損はなし。マリサ・トメイやベット・ミドラーといった渋いキャスティングもなかなか。

 すべてが並、というか普通、というか可もなく不可もなくというか、設定としてもそれほどものめずらしいものでもないし、映像にこっているわけでもない。面白くないわけじゃないけれど、特に面白いわけでもない。
 秀逸だったといえるのは、何度かあったプロットとは余り関係ないロングショット。街中のメル・ギブソンを俯瞰で撮った画や、バルコニーから火花が飛び散るところを取った画。すべてがオーソドックスな中に不意にはさまれるイレギュラーな感じが印象的。
 監督さんは女性ですが、この男が見るとうらやましいような気恥ずかしいような内容をどんな思いで撮ったのかしらなどと思ったりする。

NYPD15分署

The Corruptor
1999年,アメリカ,111分
監督:ジェームズ・フォーリー
脚本:ロバート・プッチ
撮影:ファン・ルイス=アンシア
音楽:カーター・バーウェル
出演:チョウ・ユンファ、マーク・ウォールバーグ、リック・ヤン、ポール・ベン=ヴィクター

 チャイナ・タウンを管轄に持つニューヨーク市警の15分署。そこのやり手の刑事チェンの部署に若い白人の刑事が配属された。娼婦の連続殺人事件にマフィアの抗争と血なまぐさい事件が続発するチャイナタウンで白人の青二才がやっていけるとは思いもしないチェンだったが…
 ハリウッドで売れっ子になりつつあるチョウ・ユンファ渾身のアクション。やはり香港スターはアクション出て何ぼやね。

 これは意外な掘り出し物。まったく期待しないで見た割には結構楽しめた。とはいってもプロットがすごくこっていたとか、アクションがド迫力だったというわけではない。プロットもそこそこ、アクションもまあまあというところ。
 まずこの映画でよかったのは音楽。プロットとは余り関係なく挿入される様々な種類の音楽が非常に印象的。アクション一点張りで単調になるのを防ぎ、映画にリズムを与えている。などと思っていたら、なんと音楽はカーター・バーウェル。コーエン組の音楽監督として有名です。ちょっと前に紹介した「ミラーズ・クロッシング」の音楽もよかったー、というカーター・バーウェル。なるほどね。 もう一つよかったのは、これはかなり個人的ですが、アメリカの警察ものファンにはたまらない設定であること。アメリカの警察組織っていうのは複雑らしく、まあ市警だFBIだの何だのとなっていますが、ハリウッド映画とかアメリカのドラマなんかを見ているうちになんとなく分かってきてしまうもの。そしてその複雑さが映画にもいい複雑さを与えるというもの。警察ものファンならきっとうなる「あ、なるほど、ウォレスが…、あれね」(ネタばれ防止)。
 という少々マニアめな楽しみ方をしてみました。こういう映画もアリかな。意外とどんな人でもそこそこ楽しめるいい映画ではないかと思います。

ノストラダムス

Nostradamus
1994年,アメリカ=イギリス=ドイツ,118分
監督:ロジャー・クリスチャン
脚本:ナット・ボーサー
撮影:デニス・クロッサン
音楽:バーリントン・フェロング
出演:チャッキー・カリョ、アマンダ・プラマー、ジュリア・オーモンド、ルドガー・ハウアー

 大地が口をあけ、巨大都市を飲み込む。少年ミシェル・ド・ノストラダムスが見た夢は果たして単なる悪夢だったのか… 成長し医師として頭角をあらわすミシェル。ペストがとどまることなく流行していた時代、それは狂信的な異端弾圧の時代でもあった。
 という、ノストラダムスの生涯を伝記映画化した作品。

 結局のところ、焦点が定まっていないというか、なんというか… 中立の立場をとって人間としてのノストラダムスを描こうという意図はわかるのだけれど、その割には人間ドラマにしてしまうのでもない。そのあたりの中途半端さがどうも納得いかず。
 映画のつくりとしては、ノストラダムスが最初に身を寄せる家が妙に不自然だったことをのぞけば、非常にオーソドックスな中世映画という趣で、文句はないけれど、特に誉めるべきところもない。無理からいうとしたら文句のほうで、ちょっと安っぽいかなという感じ。どこのシーンでもショットのアングルが限られていて、映像に変化が乏しい。予算の関係上セットにお金がかけられないのかもしれませんが、こうなるとなんかテレビドラマじみていて、ちゃちい印象になってしまうことは避けられないのです。
 それに反して、役者達はなかなかいい演技を見せていて、フランスが舞台なのに全員が英語を話すというハリウッド映画っぽい問題点をのぞいては、自然でいい。

SAFE

Safe
1995年,アメリカ,119分
監督:トッド・ヘインズ
脚本:トッド・ヘインズ
撮影:アレックス・ネポンニアシー
音楽:エド・トムニー
出演:ジュリアン・ムーア、ザンダー・バークレイ、ピーター・フリードマン

 新興住宅地のメイドのいる大きな家に住み、不自由なく生活しているように見えるキャロルだったが、体調不良と疲労感に苛まれていた。夫も心配し医者に行くように勧めるが、医者でも異常なしといわれる。しかし、キャロルの症状は徐々に悪化していく。果たして何が原因なのか…
 現代人が抱える精神や周囲の環境といった問題を取りあげた映画。淡々とした内容ではあるが、映像や演出にはかなり細かい神経が行き届いている作品。

 これだけドラマがない映画はなかなか難しい。映画のプロットにドラマチックさがかけていると、どうしても映画自体が単調になってしまい、飽きがきて、眠気を誘う。
 しかし、この映画は意外と飽きない。特に前半部分はなんとなく不安と好奇心を抱かせる。それは表面に出てくる物語の問題ではなくて、映画自体の作り方から来るのだろう。この映画の前半部分の映像の作り方はかなり変わっている。普通にドラマチックさを表現する場合のつくりからすると不自然なつくりになっている。
 具体的には、クロースアップの使われ方がおかしい。普通クロースアップは重要な部分を拡大することによって劇的な効果を生むものだが、この映画ではパーマをかけている頭がクロースアップされたりする。にもかかわらず、映画として重要そうな夫婦の会話などの場面は引きで固定カメラで撮られてしまったりする。このあたりの齟齬感が見ている側の好奇心をそそる。このあたりの映画のつくりがかなりうまいということ。
 これらはもちろん化学物質過敏症という原因が明らかになってゆくにつれ謎が解き明かされてゆくので後になってみれば納得がいくのだが、それを知らずに見た時点ではかなり不思議。
 というように、前半から中盤にかけてはかなり面白く、映画に引き込まれていくが、終盤になると映画の単調さが少々飽きにつながってくるのが難。結末も決して悪くないので、そのあたりをちょっと絞ってあればかなり面白い映画になったと思います。

アメージング・サーフ・ストーリーズ

Amazing Surf Stories
1986年,アメリカ,80分
監督:スコット・ディトリッチ
音楽:イアン・スチュアート、タイ・ウラー、リック・シャープ
出演:ショーン・トムソン、マット・アーチボルド、トム・カレン

 6ヶ所のビーチで波に挑むサーファー達を映したドキュメンタリーフィルム。いわゆる「サーフィン映画」で、特にドラマもなく、エピソードが語られていく。風景やサーフィンしている姿はかなり目を奪うものがあるが、「映画」として見るには少々無理があるかも。しかし、意外といつまで見ていても飽きないのも不思議なところ。

 いわゆるサーフィン映画というのは、実質的にはビデオと同じでメディアとしてとしてフィルムが使われているというだけ。サーフィンというのは相当スピード感のあるものなので、もしかしたら、普通の映画とは違うコマ数で撮っている(普通の映画は毎秒24コマ)のかもしれない(高速度撮影ってやつね)。そうすると、スローモーションなんかは非常にきれいに写るわけですが、結局上映するときは24コマ/秒に戻すわけだから、他の部分はコマを飛ばして使うわけでいっしょになってしまう気もする。どうなんだろう。見た感じでは、他の16ミリの映画より(この映画は16ミリ作品らしい)映像がきれいだったように感じましたが…
 などと答えのわからない技術的な疑問などが浮かんでしまいましたが、サーフィン映画というのは意外と見ていて飽きない。ただ波に乗っているだけなのに、くっとみいってしまう。見ているうちに、それぞれの人の乗り方の違いなんかが分かってくるのも不思議。
 こんなものもたまにはいいかな。

トラフィック

Traffic
2000年,アメリカ,148分
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
原作:サイモン・ムーア
脚本:スティーヴン・ガガン
撮影:ピーター・アンドリュース
音楽:クリフ・マルティネス
出演:マイケル・ダグラス、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、ドン・チードル、ベニチオ・デル・トロ、ルイス・ガスマン、デニス・クエイド

 メキシコ、たれこみ情報によって麻薬の密売を阻止した警察官ハビエル。ワシントン、新しく麻薬取締りの責任者となった判事のウェイクフィールド。サン・ディエゴ、息子をプロゴルファーにしようと話す上流階級の婦人ヘレナ。シンシナティ、友達とドラッグをやるウェイクフィールドの娘キャロライン。これらの人々が中心となって、麻薬を巡る複雑なドラマが織りなされる。
 今乗りに乗っているソダーバーグが監督をし、カメラも持った野心作。役者を生かすのがうまいソダーバーグらしく主役といえる役割を演じる人々の誰もが魅力的。特にアカデミー助演男優賞を獲得したベニチオ・デル・トロとドン・チードルがいい。

 最近、全体にブルーがかった映像を使うというのをよく見ますが、この映画もそれを使っています。まずそのブルーがかった映像が出てきて、そのあと普通の色になって、それから黄色がかった粗い映像になる。黄色がかった粗い映像がメキシコのシーンであることは明らかなものの、ブルーの部分はワシントンで使われていたという印象でしかない。ブルーノ部分よりむしろ、メキシコの場面が映像が特異でしかも、スペイン語をそのまま使ったというところでなかなか面白い。
 しかし、自らカメラを握ったソダーバーグ(ピーター・アンドリュースは偽名。アカデミーの規則化何かで監督と撮影を両方やるとなんだかまずいらしい)のこだわりはむしろ手持ちにあるのでしょう。この映画はほとんどが手持ち。普通の会話のシーンなどでも手持ち。ドキュメンタリーっぽさをだすためには手持ちが一番ということなのか、それともただ好きなだけなのか…
 などなど映像的な工夫も見られる作品ではありますが、結局のところソダーバーグの真骨頂は役者の使い方。それは「エリン・ブロコビッチ」のジュリア・ロバーツを見ればわかるとおり。この作品でもマイケル・ダグラス、ベニチオ・デル・トロなど、(私としては)なんとなくパッとしない印象の役者を見事に使っている。そのあたりがすごい。なぜそうなるのかはわかりません。しかし、ソダーバーグの映画は結局のところ役者の映画になってしまうということ。個人的にはそういう監督は非常に好みです。

ミラーズ・クロッシング

Miller’s Crossing
1990年,アメリカ,115分
監督:ジョエル・コーエン
脚本:イーサン・コーエン、ジョエル・コーエン
撮影:バリー・ソネンフェルド
音楽:カーター・バーウェル
出演:ガブリエル・バーン、アルバート・フィニー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ジョン・タトゥーロ、スティーヴ・ブシェミ

 1929年、アメリカ。街のボス・レオは腹心のトムに全幅の信頼を置いていた。トムは孤高の男で、賭けの借金がかさんでもレオに頼ろうとはしなかった。一方、街では最近イタリア系のギャング・キャスパーが勢力を伸ばしつつあった。そんなある日、レオの情婦ヴァーナが夜中トムのもとを訪れる。
 そこらのギャング映画とはまったく違うコーエン兄弟独特の雰囲気がすべてを染める。ストーリー、フレーミング、音楽、カメラの動き、どれをとっても一級品のコーエン兄弟渾身のフィルム・ノワール。

 やはり、この演出力とカメラの動かし方、音楽の使い方と何をとっても圧倒的な力を持つ作品。それが最も現れているシーンは、レオが機関銃を持った殺し屋に襲われるシーン。蓄音機から流れるオペラに乗って、ものすごい撃ち合いが、想像だにしない形で映像化される。
 この作品で一番目を引くのは被写体の大きさの急激な変化。アップでとらえていた人を急にひきの画で撮ったり、もちろんその逆があったり、ズームアップやトラックアップも変化をつけて使っている。最近非常によく使われるコマ送りのようなズームアップ(分かるかな?これで)が、しっかりと使われていることもいま見るとかなり目をひく。
 他にもたくさん書くことはありそうですが、例えば、小さな繰り返しの使い方。一番大きいのは帽子、それからミラーズ・クロッシング(十字路)の遠景。だけれど、クラブの表札、トムの部屋の電話などなど、最初は何の説明もなくポンとでてくるものが繰り返されるうちに、終盤にはぱっと画面に登場しただけで、それが何であるかが分かるような演出。そのあたりもかなり周到な計算が感じられる。
 あとは、微妙に語られるホモセクシュアルのことなんかもいいですね。ホモセクシュアルな三人の関係性は実はトムとレオとヴァーナの関係性と完全に対照のものとして物語に大きな役割を負っているにもかかわらず、それをこの20年代という時代にあわせて、隠してしまう。これもまたかなり微妙でうまい脚本といいたいところ。

ビッグ・ムービー

Bowfinger
1999年,アメリカ,97分
監督:フランク・オズ
脚本:スティーヴ・マーティン
撮影:ウエリ・スタイガー
音楽:デヴィッド・ニューマン
出演:スティーヴ・マーティン、エディ・マーフィ、ヘザー・グレアム、テレンス・スタンプ、ロバート・ダウニー・Jr

 貧乏プロダクションを経営するボウフィンガーは会計係のアフリムの脚本に感動し、映画化しようと決意する。しかし金もコネもないプロダクション。あの手この手でプロデューサーに脚本を見せ、大スターのキットの出演を条件に製作が許可された。ボウフィンガーはさらに強引な手で映画を作り始める…
 スティーヴ・マーティン脚本によるコメディ。全体の筋はともあれ、かなり笑えるネタがちょいちょいちりばめられていて、十分楽しめる。コメディファンなら必見、普通の映画ファンなら暇な時にどうぞ。豪華キャストだしね。

 こういう微妙なコメディ映画は難しいと実感。全編にわたって大爆笑というわけではなく、ストーリーは特に面白いわけでもない。やはり日本人ではストーリーが面白い映画がヒットする(と私は思っている)ので、こういう映画は難しいのかも。しかしコメディ映画ってものは、スポットスポットで面白ければいい(と私は思っている)わけで、その意味では十分ではある。
 特にお気に入りのネタは「KKK」と「フリーウェイ」のところかな。あとはメキシコ人がコッポラから電話を受けるところ。
 一つ不満があるとすれば、オチがオチきっていない。やはりコメディはオチ命、途中のネタの3倍くらいオチは大事(と私は思う)なので、このなんともだるだるのアメリカ的オチはどうもね。ということです。

ロクスベリー・ナイト・フィーバー

A Night at the Roxbury
1998年,アメリカ,82分
監督:ジョン・フォーテンベリー
脚本:スティーヴ・コーレン、クリス・カッテン、ウィル・フェレル
撮影:フランシス・ケニー
音楽:デヴィッド・キティ
出演:ウィル・フェレル、クリス・カッテン、ダン・ヘダヤ、リチャード・グリエコ、マイケル・クラーク・ダンカン

 造花屋のさえないダグとスティーヴの2人の息子は父親の店を手伝いながら夜はクラブ通い。しかし、とにかくさえないしお金もないので、有名なクラブには入ることすら出来ない。彼らの憧れはロクスベリーという有名クラブ。将来そんなクラブのマネージャーになるのが夢だった。
 ウィル・フェレルとクリス・カッテンの2人が脚本と主演をした青春コメディ。この2人はどうもサタデー・ナイト・ライブ(SNL)系のコメディアンらしい。ウィル・フェレルは「オースティン・パワーズ・デラックス」にも出てました。

 若いコメディアンが映画を作る。これはよくある話。特にSNL系の人は古くは「ブルース・ブラザーズ」、最近では「ウェインズ・ワールド」に「オースティン・パワーズ」もある意味ではそう。しかし、この試みはなかなか成功しない。特に日本人のセンスではなかなか受け入れがたいものが多い。この作品もそんな感じ。時代とのギャップとナンセンスさを使って笑いを作り出すというやり方、しかも時代のはやり物をネタとして使っているので、日本人には非常に分かりにくい。
 そもそも、スターとして登場したリチャード・グリエコも決してメジャーではない。この人は大ヒットドラマ「21ジャンプ・ストリート」でジョニー・デップとともに人気者だったらしい。このドラマはこのメルマガでは「ロックド・アウト」というビデオ化されたもので紹介しましたが、覚えている人はほとんどいないでしょう。このビデオでは、ブラッド・ピットがゲスト出演していました。でもリチャード・グリエコのことはまったく覚えていない。
 というとてもマイナーな感じの映画。でも、決してみていていらいらするとかむかつくとかいうつまらなさはなく、たいして面白くもないけど、つまらなくもないという程度。おそらくこの2人はコンビでSNLではそれなりの人気があって、コーナー持ってて…、なのでしょう。きっとそっちのほうが面白いんだろうな。
 あとは、ロクスベリーの入り口の人は「グリーン・マイル」の人だった。オーナーは「アナライズ・ミー」の人だった。など、見たことある人多数出演という感じ。
 こう書いてみると、結構B級の楽しさ満載の映画なのかもしれない。