25年目のキス

Never been Kissed
1999年,アメリカ,107分
監督:ラージャ・ゴスネル
脚本:アビー・コーン、マーク・シルヴァースタイン
撮影:アレックス・ネポンニアシー
音楽:デヴィッド・ニューマン
出演:ドリュー・バリモア、デヴィッド・アークエット、ジョン・C・ライリー、リリー・ソビエスキー、ジェレミー・ジョーダン

 シカゴ・サン・タイムズのコピー・エディターのジョジーは優秀だけれど見た目はぱっとしないし、内気できちんとした正確。そんな彼女がハイスクールに覆面記者として潜入することになった。しかし彼女は高校時代いじめられた悲惨な思い出しかなかった。果たして彼女の二度目の高校生活はうまくいくのか…
 ドリュー・バリモアがプロデュースも担当した爽やかなラブコメディ。わかりやすくハリウッドなので安心してみることが出来る。ことごとく平均点かな。何か見るの無いかなという人や、ドリュー・バリモアファンの人や、ジョン・C・ライリーファンという渋い人や、「え? ジェレミー・ジョーダンってあのちょっと前に歌手やってたジェレミー・ジョーダン? 好きだったんだ。」という人にお勧めです。

 まず難点をいえば、ちょっと設定が不自然ね。あんなにまがまがしく持ち物検査をやってるのに、あんなに簡単に入り込めるってのがどうにも怪しい。ドリュー・バリモアはまあまあ記者だからいろんな伝もあるだろうけれど、弟のロブにいたってはどうして普通に入り込めてるのか一向にわからない。そんな疑問が頭を掠めてしまいます。そしてやっぱり高校生には見えないドリュー・バリモア。でも、それは個人的には許容範囲でした。
 いいところは… 全体的に…
   一番よかったのはオープニングとエンドロールかな(苦笑)。音楽もいいし、映像の作り方もなかなか。オープニングのほうが好きだけれど、エンドロールの卒業写真ってのもかなり冒険していてよかったですね。

200本のたばこ

200 Cigarettes
1998年,アメリカ,102分
監督:リサ・ブラモン・ガルシア
脚本:シャナ・ラーセン
撮影:フランク・プリンツィ
音楽:マイケル・ブラモン
出演:ベン・アフレック、ケイシー・アフレック、ギルモア・ディアズ、コートニー・ラヴ、ジェイ・モーア、クリスティナ・リッチ、エルヴィス・コステロ

 1981年のニューイヤーズ・イヴに、いっしょに年を越す相手を求めてさまよう若者たちの群像劇。ソウル・ミュージックをガンガンに流すタクシードライバーが物語りの縦糸になり、様々な男女の出会いを描いた。
 けっこうなスターがぞろぞろ出てきて、とにかく音楽を鳴らして、細かいエピソードをつないでいくという手法。MTVフィルムズの製作だけあって全体のスタイルは洗練されているが、何か一貫するものがなく散漫な印象を受ける。

 この映画でよかったのはタクシー・ドライバーとエルヴィス・コステロ。タクシー・ドライバーは結局物語に参加してしまったのはちょっといただけないが、全体をなんとなくまとめる役目を何とかこなしていたし、最後の写真語りのところはかなりよかった。コステロは、途中で一回チラッと出てきて、「あ、コステロ」と思ったら(見た方気づきましたか?)、最後にはしっかりと登場してしまった。でもネタ的には一番面白いネタだったね。
 結局のところ、一つ一つのエピソードのスタイルに力点がおかれていて、断片断片は決して悪く、「バッファロー’66」なんかよりはかなり洗練されていると思うけれど、それをまとめる何かとか、それぞれの登場人物のキャラクターとかがしっかりと掘り下げられていないのが、どうも入り込めない原因だと思う。
 しかし、これは二者択一の問題で、個々のキャラクターを掘り下げていくと必然的に時間を長くするか、登場人物をへらすを得ず、そうするとスピード感みたいのが失われてしまうかもしれない。だから、スタイルとスピード感を重視するならば、このように散漫な感じで押し切ってしまったほうがいいのかもしれない。
 でも、個人的な好みからいえば、いまひとつでした。せっかくそろえた役者たちを生かしきれてない感じがしてしまって、何かもったいないな。

ゴッド・アンド・モンスター

Gods and Monsters
1998年,アメリカ,106分
監督:ビル・コンドン
原作:クリストファー・ブラム
脚本:ビル・コンドン
撮影:スティーヴ・M・カッツ
音楽:カーター・バーウェル
出演:イアン・マッケラン、ブレンダン・フレイザー、リン・レッドグレーヴ

 豪邸でメイドと二人で暮らす老人。彼は「フランケンシュタイン」などの恐怖映画で有名だった映画監督のジェームズ・ホエール。脳卒中で倒れ入院していた彼が家に帰ると新しい庭師が来ていた。ゲイであるジェームズはその若い庭師に興味を示すようだが…
 実在の映画監督ジェームズ・ホエールの晩年に焦点を当てた伝記小説の映画化だが、彼の作品の名場面などを挟み込みながら作られた映画。おそらく、監督のビル・コンドン(主にB級映画の脚本家・監督)がホエールのファンで、撮りたかったという感じの映画だろう。なかなかなんともいいがたい不思議な映画だが、これまた不思議なことにアカデミー脚色賞を受賞している。

 率直な感想としては、「なんかおかしい」という齟齬感があって、それはしかし、面白くないというのではなくて、なんかひとつ転べばすごい面白い映画になりそうな感じ。だから逆にあまり評価はしたくない。映画に努力賞はなくて、結果がすべてなのでね。下手に監督のことを好きだから壊しきれなかったのか、それともまったく壊す気はなく真摯に作ったけれど力量及ばずなのか、微妙なところだけれど、それでも見ている側を引き込むくらいの力はある。
 しかも、ストーリーもよくわからなくて、なんとなく謎めいているんだけれど、そのとらえどころのない謎が解かれるわけでもなく、そもそもその謎が具体的にどんな謎なのかもわからない。
 というわからないことだらけの不思議な映画。見る価値はあったと思いますが、狐につままれたような気分ですね。

チェイシング・エイミー

Chasing Amy
1997年,アメリカ,114分
監督:ケヴィン・スミス
脚本:ケヴィン・スミス
撮影:デヴィッド・クレイン
音楽:デヴィッド・パーナー
出演:ベン・アフレック、ジョーイ・ローレン・アダムス、ジェイソン・リー、ドワイト・ユーウェル、マット・デイモン

 ホールデンとバンキーは20年来の親友で2人でコミックを共作、しかもその作品で売れっ子になった。彼らはある日、ゲイの黒人漫画家フーバーに女性漫画家アリッサを紹介される。ホールデンは彼に一目ぼれ、彼女もまんざらではないように見えたが、彼女に誘われクラブに行くと、彼女は美しい女性とキス。じつは彼女はレズビアンだった。
 「クラークス」で話題をさらった新鋭監督ケヴィン・スミスの3作目の監督作品。コメディタッチのようでセクシャリティについての考察がこめられた意外とシリアスな青春映画。ブレーク寸前のベン・アフレックがいい感じ。マット・デイモンもちょい役で出演。

 「セクシャリティ」というのがなんといっても問題になるが、この映画のいい点は結局のところホモセクシュアルを擁護するわけでもなく、否定するわけでもないところ。ただそこにあるものとして、選択肢のひとつとして描いたこと。セクシュアリティの歴史の中で差別されてきたホモセクシュアルを擁護しようというのがここ10年か20年くらいの動きであり、映画でもそんな映画が多く撮られた。しかし現代、すでにそのようにホモセクシュアルを擁護するだけの映画は時代遅れになってしまった。実際はホモセクシュアルは依然として差別されつづけ、冷遇され続けているからそのような映画も取られなければならないのだけれど、人々の倫理観としては、ホモセクシュアルをそのように差別することが間違ったことであるという認識は確立されているのだろう。
 この映画の中ではバンキーがそのような旧態依然のホモフォビアをかかえる人物として描かれているが、彼が潜在的にゲイであることは映画が始まってそれほど時間がたたなくてもわかることだ。自分のゲイ性を否定するものとしてのホモフォビアであることはすぐにわかる。
 しかし、そのようなことは今までにも描かれてきた。この映画が新しいのは、ゲイであることが「普通」(規範)から外れているということを描いたからではなく、ゲイの中にも「普通」(規範)があることを示しているからである。アリッサのレズビアン仲間の反応、そしてホールデンに告白されたときのアリッサの反応。それらは「正しい」ゲイのあり方というものの存在を示す。
 そしてもうひとつこの映画の新しさはセクシャリティが変容しうるものであることを示したこと。あるいはヘテロやゲイといったカテゴリーにくくられない自由なセクシャリティも存在しうるということ。最終的にはホールデンとバンキーが付き合ってもよかった。見ている側としてはそれぞれ賛否意見があるだろうけれど、「そういうこともありうる」ということは認めると思う。それはこの映画にそれだけ説得力があったということではないか。

シュウシュウの季節

Xiu Xiu: The Sent Down Gir
1998年,アメリカ,99分
監督:ジョアン・チャン
原作:ゲリン・ヤン
脚本:ジョアン・チャン、ゲリン・ヤン
撮影:ユエ・ルー
音楽:ジョニー・チェン
出演:ルールー、ロプサンガオ・ジェ

 成都の学校を卒業した文秀(ウェンシュウ)は田舎の工場へ労働奉仕に行くことになった。シュウシュウと呼ばれた少女時代に別れを告げ、彼女は仲間とトラックで出て行った。最初は順調に働いていたシュウシュウはある日、老金(ラオジン)とともに牧場で働くよう言われる。
 「ツイン・ピークス」で有名な女優ジョアン・チェンの初監督作品。美しい映像に女性らしい繊細さが漂う作品。

 映像がきれい。といっても構図がどうとか、撮り方がどうとかいうことではなくて、単純に美しいものを撮っているという感じがする。といってもただ美しいものにカメラを向ければ美しい映像が出来るというわけではないので、かなり気を使って撮ったのだろうということは感じられた。
 それなりにいい作品なんだけれど、一番気になったのは語り手である男の子。一貫して彼が語り手であるのだけれど、見ている間それをずっと忘れていて、最後に再び彼の語りが入ったところでそれを思い出させられる。しかし、それで思うのは「うそ臭い」ということ。ずっと成都にいた彼が語り手である必要はないし、細かいことを知っているはずがないと思ってしまう。むしろ語り手なんかなくしてしまったほうが映画としては納得がいっただろう。それに、シュウシュウに恋焦がれていた彼がこんな徹底して悲劇的な物語を語れるはずがないと思ってしまう。
 「オータムン・イン・ニューヨーク」でも感じたことだけれど、なんとなく過度にロマンチックな感じで、個人的にはあまり好きになれない。ここまで徹底的に悲劇なんだから、もっと冷たく撮ってしまったほうがよかったんじゃないかと思いました。

ペイ・フォワード 可能の王国

Pay it forward
2000年,アメリカ,123分
監督:ミミ・レダー
原作:キャサリン・ライアン・ハイド
脚本:レスリー・ディクソン
撮影:オリヴァー・ステイプルトン
音楽:トーマス・ニューマン
出演:ヘイリー・ジョエル・オズメント、ケヴィン・スペイシー、ヘレン・ハント、ジェイ・モーア、ジョン・ボン・ジョヴィ

 中学1年の新学期、顔中にやけどの傷跡を持った社会科教師シモネットは生徒たちに「世界を変える」ことを課題にするように言う。生徒の一人トレヴァーは母と二人暮しだが、母は昼はカジノで夜はナイトクラブで働いてなかなか話も出来ない。そして彼は母がアルコール依存症から抜けきれないことを心配していた。
 そんなトレヴァーがシモネット先生の最初の授業の後、ホームレスを一人家に招いたのだが、彼はいったい何をしようというのか…
 「ピース・メーカー」「ディープ・インパクト」などを監督したミミ・レダーが挑むヒューマンドラマ。中心となる三人の役者がなかなかよく、わかっていても感動してしまう有無を言わせぬ感動作。

 本当に力ずくでも感動させてやろうという作品。なんか見え透いていていやなんだけど、感動しないわけには行かないという感じ。最後主人公の少年が… というのはちょっと予想してなくて、それに驚いている隙をついて感動させるという感じ。
 そんなひねくれたことを言いながら、全体としてはうまくまとまっていた気がする。ラス・ヴェガスという場所もよくて、「ヴェガスってこんなに田舎なんだ」と思ったが、その田舎具合が映画にはとても効果的。映像的にもきれいなコントラストが描けている。難点といえば、ちょっと中盤ストーリーの進行が停滞したという感じかな。といっても、わずかなものですが。もう10分くらい切れるかなという気はしました。記者の人がトレヴァーを轢きそうになるところとかね。物語に関係あるのかと思ったら全然なかった。あるいは逆にもう少しエピソードを詰め込んで長くしてみるとか。
 ということで、「また見たい」とはそれほど思わないけれど、人には薦められる作品かと思われます。

エントラップメント

Entrapment
1999年,アメリカ,113分
監督:ジョン・アミエル
脚本:ロン・バス、ウィリアム・ブロイルズ
撮影:フィル・メヒュー
音楽:クリストファー・ヤング
出演:ショーン・コネリー、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、ヴィング・レームズ、ウィル・パットン

 1999年12月、ニューヨークの高層ビルのある部屋からレンブラントを盗み出した泥棒。保険会社の女性調査員ジンはそれが有名な美術品泥棒マックの仕業であると分析した。そしてジンはマックを罠にはめるべく、上司を説得しロンドンへ向かった。
 早い展開でどんでん返しの連続という典型的なハリウッド映画。ちょっとストーリー展開が強引な気はするが、スリルを味あわせる推理ものとしてはなかなかの出来。予想通り気楽に見られる作品でした。

 ニューヨークの空撮から入って、まずはセリフなしの泥棒シーン、うーんハリウッド映画が始まるぞ! というわかりやすい始まり方。しかし、最初のシーンで泥棒の顔を見せないところがなんかくさい、と思ったらやっぱり複線。複線に複線を重ね、どんでん返しにどんでん返し。こういう複雑な推理ものは好きだな。次の展開次の展開を読む楽しみがあって。
 そういうことなので、ストーリー以外の部分はその展開をじゃまさえしなければ許せてしまうというところがある。それに、展開が早いからちょっと「え?」と疑問に思うところがあっても、見ているうちに忘れてしまう。だから、黄金のマスクを取りに行くときに、行きは2分かかったのに、帰りは何で30秒で来れるんだとか、そんなことを気にしてはいけない。次の展開を予想しながら「やっぱりね」とか「そう来たか」とか「なるほどね」とか言っていればそれでいいんだと思う。

ミッドナイト・ラン

Midnight Run
1988年,アメリカ,126分
監督:マーティン・ブレスト
脚本:ジョージ・ギャロ
撮影:ドナルド・ソーリン
音楽:ダニー・エルフマン
出演:ロバート・デ・ニーロ、チャールズ・グローディン、ヤフェット・コットー、ジョン・アシュトン

 ロサンゼルスに住む元刑事の賞金稼ぎジャックは保釈金保険業者のエディの依頼で容疑者を捕まえいている。今回は、マフィアの金を横領し、福祉団体に寄付した会計士のジョナサン“デューク”マーデュカスがターゲット。ジャックはマフィアとFBIの裏をかき、さっさとNYでデュークを確保したのだが…
 適度な笑いとアクションをちりばめた、ロード・ムーヴィーの傑作。物語のプロットが非常にうまく練られていて、一度見始めたらとまらない映画に仕上がっている。

 このころのデ・ニーロも好きだし、こういったおおらかな感じのアクション映画も好き。適度に笑いがあるほうがいいし、ロードムーヴィーは大好き。ということで、個人的な好みとしては最高!
 ですが、それは置いておいて、少々分析してみましょう。まず優れているのはプロット。話自体はそれほどひねっていないのだけれど、ジャックとジョンの関係に加え、マフィア、FBI、マーヴィン、エディ、ジャックの元妻と娘、がしっかりと話の縦糸に織り込まれ、うまくかみ合っている。どの要素もおまけのエピソードというふうにはならず、何らかの形で作品を引っ張っていく。だから、よく考えてみれば単純なストーリーを単純に感じさせずに最後まで押し切ることが出来ているのだろう。
 そして、それを非常に素直に撮影しているのだが、何せ登場人物が多いし、話の流れがいくつもあるので、次のシーンがどんなシーンなのか予想がつかないというのがいい。この映画ではシーンとシーンが1カットでつながっていることが多い。つまり、ひとつのシーンの最後のカットと次のシーンの最初のカットをひとつのカットでまとめてしまうということ。
 例えば、最後のほうで、トニーたちがジョンを連れてホテルに入っていくシーンで、トニーがホテルの中に入ったあと、カメラがパンすると、張り込んでいるFBIが移って、そこでカットが切れて、FBIのモーズリーのシーンになる。こんな感じ。
 これがどうと言う訳ではないんですが、こういう地味な工夫が物語りのスムーズな流れを生み出しているんではないかと思ったわけです。
 ちなみに、監督のマーティン・ブレストは「ビバリー・ヒルズ・コップ」の監督でもあるので、こういったアクション・コメディはお手の物という感じですね。
 さらにちなみに、脚本を書いているジョージ・ギャロはこの映画のヒットに気をよくし、”Another Midnight Run”というシリーズもののテレビ映画を3本作りました(プロデュース)。前にこのメルマガでも取り上げましたね。邦題では「ミッドナイト・ラン1」「--2」「--3」となっています。こっちもなかなか面白いです。

エディー/勝利の天使

Eddie
1996年,アメリカ,101分
監督:スティーヴ・ラッシュ
脚本:ジョン・コノリー、デヴィッド・ルーカ、エリック・チャンプネラ、キース・ミッチェル、スティーヴ・ザカリアス、ジェフ・ブハイ
撮影:ヴィクター・ケンパー
音楽:スタンリー・クラーク
出演:ウーピー・ゴールドバーグ、フランク・ランジェラ、デニス・ファリナ、ウォルター・ペイトン

 NYニックスの大ファンのエディは今日も不振のニックスを応援しにマジソン・スクエア・ガーデンにいた。そんな中ハーフタイムのシュートコンテストに参加したエディは見事に名誉コーチの座を手にしたが、興奮して審判に暴言を吐き退場処分になってしまう。しかし、そんなエディへの歓声に目をつけたオーナーが彼女を本当のコーチにすることに…
 出演者のほとんどがNBAの本物のプレイヤーという異色のコメディ。物語としてはいわゆる「メジャー・リーグ」型サクセス・ストーリー。

 ニックスの選手として出演している選手たちもチームは違うものの本当のNBAプレイヤーというところがかなりすごい。ふつうは、主人公たちは俳優を使って、対戦相手は本物というのが多いけれど、これはみんな本物。パットン(マリク・シーリー)がワン・オン・ワンで対戦する選手はペイトンだし、ラリー・ジョンソンは出てくるし、もう大変。
 なんですが、他の部分はまったくもって、ありがちなお話。弱小チームが突然強くなって… というスポーツものにはお決まりのストーリーなので、プレーの部分で見せるしかなかったんじゃないかと思うんですが、それほどスーパープレー連発!というわけでもない。
 ので、まあNBAを知らなきゃ大して面白くもない映画ですね。
 個人的にはけっこう楽しめましたが…

恋におちたシェイクスピア

Shakespeare in Love
1998年,アメリカ,123分
監督:ジョン・マッデン
脚本:マーク・ノーマン、トム・ストッパード
撮影:リチャード・グレートレックス
音楽:スティーヴン・ウォーベック
衣装:サンディ・パウエル
出演:グウィネス・パルトロウ、ジョセフ・ファインズ、ジェフリー・ラッシュ、ベン・アフレック、ジュディ・デンチ

 街の劇場の作家ウィル・シェイクスピア、彼の詩を愛し役者にあこがれる両家の令嬢ヴァイオラ。ヴァイオラはスランプに陥っていたシェイクスピアの新作のオーディションに男装し、トマス・ケントと名乗って参加する。シェイクスピアはその演技に目を留め、逃げ出した彼を追いかけ、ついにヴァイオラの屋敷に来てしまう。その夜、楽士に紛れ込んで屋敷にもぐりこんだウィルは美しいヴァイオラを見て、一目で恋におちる。
 若き日のシェイクスピアが「ロミオ&ジュリエット」を完成させる背景にあった恋物語(フィクション)を描いた歴史物語。

 非常に普通のラブ・ストーリーだけれど、さすがにグウィネス・パルトロウはアカデミーらしい演技をしている。トマス・ケントのときの声色の変え方なんかがかっこいい。知らずに見ていたら、わからなかったかどうかは謎ですが、どうでしょうね。「クライングゲーム」とか「エム・バタフライ」みたいに、見事にだますことが出来たか…
 それはそれとして、いい演技、いい脚本があって、シェイクスピアという未だに人気のある人物を扱ってマジめっぽう作品を作れば、こんな作品が出来るでしょう。そして、アカデミー賞も取れるでしょうという見本のような映画。学校の教科書で必ずシェイクスピアを読むアメリカ人にとってはうなずける話なのでしょう。しかし、シェイクスピアにそれほど馴染みのない日本人にとっては「十二夜」がどんな話かわからないし、「タイタス・アンドロニカス」なんて「なんか聞いたことある…」程度だし、こんなシェイクスピア解釈が生まれる前提なんてひとつもわからないのです。
 そういうことなので、私にとってはこの映画は単なるひとつのラブ・ストーリーだったわけです。でも、私はこういう中世あたりを舞台にした映画はけっこう好きなようで(自分では気づいてなかった)、この映画もなかなか楽しめました。