赤ひげ

1965年,日本,185分
監督:黒澤明
原作:山本周五郎
脚本:井出雅人、小国英雄、菊島隆三、黒澤明
撮影:中井朝一、斎藤孝雄
音楽:佐藤勝
出演:三船敏郎、加山雄三、山崎努、団令子、江原達怡

 顔を出すだけのつもりで小石川療養所にやってきた長崎帰りの若い医師・保本登は自分がそこで見習いとしてはたらくことになっているのを知る。しかし貧困にあえぐ庶民ばかりを見るその療養所にだまされて入れられたことに反発した保本は赤ひげと呼ばれる療養所の医師に反抗し、何もしようとしなかった。しかし、そのとき療養所の離れに閉じ込められている狂女が脱走する事件がおき…
 エリートであることを鼻にかける若い医師と世間的には報われないながら地道に人のためになる医療活動をしている医師の出会い、衝突、和解を描いた物語。よくある話ではあるが、見せるところは見せる。それが黒澤。

 この映画は「休憩」というクレジットが出る休憩時間をはさんで前半と後半に分けられる。物語としても前半と後半に明確に分かれるといえるだろう。そしてどちらを評価するかは見る人によって分かれるようだ。いわゆる黒澤的という感じがするのは前半で、リアリズム的な描き方でさまざまな庶民の人生を写し取っていく。その主役となる山崎努と藤原釜足はなかなかいい物を作っていて、「死」というテーマをうまく、リアルに展開している。そこでは脇役となる加山雄三も稚拙さは否定できないもののなかなかいい。
 しかし、黒澤の真意はおそらく後半にあるとおもうし、私は後半のほうが好きだ。とくに少女おとよは後半の主役として非常にいい役割を果たす。この映画で一番よかった、というかうなったのは、看病のため保本がおとよを自室に連れ帰ったシーンのライティングだ。画面右手前にいる保本はろうそくの明かりで照らされ、灯りの中にいるように見えるが、画面左奥にいるおとよは黒いシルエットとして示され、眼だけがスポットで明るく光る。それは野獣のようであり、シンプルにわかりやすくおとよのキャラクターを表現する。どう照明をあてているのかはわからないが、ほの明るい中に真っ黒い人影として提示されるおとよの姿は非常に印象的だった。

 その後半にこめられた黒澤のテーマはおそらく「生」だ。黒澤はもともとセンチメンタルな映画作家だと思うが、この作品ではそのセンチメンタルさが前面に押し出されている。人間が生きるために必要なものは愛だとでもいいたげな赤ひげの好々爺ぶりはそれまでの三船の激しさとは異なっているように見える。しかも、この作品を境に黒澤と決別してしまったということもある。しかし、私はこの作品以前も三船が主人公として演じるキャラクターは赤ひげ的なものだったと思う。ただ、虚勢によってそれが覆い隠されていただけで、年を経るとともにその虚勢がはがれてきたということだ。しかし、その虚勢こそが三船のキャラクターの面白みであり、菊千代や三十郎が魅力的に見えた秘密なのだ。
 だから私にはこの赤ひげというキャラクターは(保本が惚れ込むほどには)魅力的に見えないし、だからこそドンと主役をはらせることはせず、加山雄三と主役二本立てという感じにしたのだろう。あるいは主役である加山雄三を支える準主役という役まわりにしたのだろう。

 このことは、この映画の後半が前半より魅力的であることの理由にもなっている。つまり、前半では主役たる加山雄三=保本が映画に深くかかわってこない。準主役である人たちが主役を映画に引き込もうと懸命になっているさまを描いているだけなのだ。後半になり、加山雄三が本格的に物語にかかわってくることでこの映画ははじめて映画になりうる。だから前半部は長すぎるプロローグと、一本の映画としてのプロットとはあまり関係のないサブプロットの集積に終始してしまっていると考えざるを得ない。
 でもやはり、後半部を盛り上げるためには前半部は必要で、私はこれはこれでよかったのだと思います。あまり表面に出てくることのない黒澤の甘ったるさが前面に出ているという点でも面白いし(黒澤自身が虚勢を張っているのかもしれない)、現代性のある時代劇という点でも黒澤らしさが出ているといえる。

七人の侍

1954年,日本,207分
監督:黒澤明
脚本:橋本忍、小国英雄、黒澤明
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄
出演:志村喬、三船敏郎、加東大介、藤原釜足、木村功、千秋実、宮口精二、津島恵子

 時は戦国時代、野武士の来襲に怯える山間の農村、村人たちは知恵を絞り、村の長老の忠告に従って、食事を供するという条件だけで村のために戦ってくれる浪人者を探すことに。そのために4人の百姓が町に出たが、なかなか見つからず仲間割れも起こりそうになったころ、ある村で子供を人質に立てこもった盗人を見事に成敗した侍に出会う。そしてその侍に話を持ちかけると、じっくり考えた末、侍が7人いれば村を守れるだろうといって百姓の頼みを聞き入れ、仲間探しが始まった。
 いわずと知れた日本映画の金字塔。3時間半もの上映時間、型破りのアクション、何をとっても偉大なる作品。三船敏郎よりも志村喬が光っている。1960年に、ハリウッドで『荒野の七人』として西部劇にリメイクされたのもいまさら言うには及ばぬ話。

 この映画の脚本と編集は本当にすばらしい。3時間半という長い時間をどのように配分するか。1時間半や2時間という上映時間になれた観客をどのようにそれだけ長い間引っ張っていくか。その点ではこの映画は本当にすばらしく、まったく飽きるということがない。ヨーロッパでの上映の際にあまりに長すぎるということでカットを余儀なくされたようだが、それは本当におろかなことで、黒澤明の言うとおりこの映画に削ることができる部分はまったくない(休憩はちょっと長いけど)。映画の序盤、村の水車だけに費やした3カットも必要なカットだったと思う。
 全体のバランスからすると、最後の合戦の場面が少々長いような気もする。それよりも7人を集める過程とか、村人たちとともに準備する過程とか、そのほうが面白い。しかしやはり、合戦の場面こそが見せ場で、それがあるからこそそれまでの話が面白いというのも事実。このあたりは個人の好みになるでしょう。おそらく村での場面がダレるという意見のほうが大勢を占めるかと思います。
 この物語の面白さというのは、基本的に「侍-百姓-野武士」という関係性によっている。まったく立場が違うようでいて、実は微妙に重なり合っている3者の戦い。最後に志村喬が言うように、この戦は百姓にとっての勝ち戦であって、侍と野武士にとっては負け戦であった。その3者の(主に侍と百姓の)関係性が刻一刻と変化していくところがこの映画が飽きることなく見られる映画になる最大の要因になっているといえる。
 その関係性の最大の鍵になっているのは、三船敏郎の存在で、三船が馬小屋でぼそりと「思い出すなぁ」というところは、私がこの映画のなかで最も好きなシーンのひとつである。そのシーンをはじめとして、三船演じる菊千代が存在するからこそこの映画が展開していけるということは確かである。

 しかし、その一方で私はこの映画の主人公というのは三船敏郎ではなく志村喬だと思うし、侍たちの関係だけを考えたなら、三船敏郎の存在というのはある種バランスを崩す存在になってしまっていると思う。映画全体として三船敏郎の役割を果たす存在は絶対に必要だった。しかし彼のキャラクターは危ういバランスの上に成り立っているということもいえる。彼が三船敏郎であるがゆえにようやくこなすことができた役、しかし逆に三船敏郎であるがゆえにこのような役になってしまったとも言える。
 つまり、この役はおそらく本来は一人でこなせるような役ではない。侍たちの間に漣をおこし、和ませ、一方で百姓と侍の橋渡しをし、百姓たちの中にもいろいろな種を植え、さらにさまざまな面倒の種にもなる。普通の役者なら2人か3人が役割を分担しなければ演じられないような役、それを一人で演じてしまう三船敏郎はすごい。しかし、同時にそれによってアンバランスも生じている。たとえば、千秋実演じる平八が果たすべき場を和ませる存在としての役割をも菊千代は奪ってしまった。タイトルに七人とある割にはその七人の役割分担がぼんやりとしているのは、このようにして菊千代がその構図を突き崩してしまっているからだろう。

 見方によって変わるであろうこの菊千代=三船の捉え方によってこの映画の評価は大きく変わる。それはこの映画を誰の立場で見るのかという見方にもよる。黒澤はいつものように特定の視点を設けず、第三者の視点からすべてを見通させる。しかし、「七人の」というタイトルの割には群像劇というわけではなく、誰でも好きな侍に、あるいは百姓たちにでも自己を没入させることができるように作っている。それはおそらくこの長時間をずっと客観的に過ごすのは退屈すぎると考えたからかもしれないが、とにかく2時間そこそこの映画とは少し趣が違っている。
 そのようなわけもあって、この映画はさまざまな見方を受け入れる。私は今回どのようにこの映画を見たのか自己分析してみたら、自分でも意外なことに加東大介演じる七郎次に肩入れしてみていたような気がした。多分それは加東大介という役者が好きだからというだけの理由だと思うが、だからなんとなく菊千代にある種の胡散臭さのようなものを感じていたのかもしれない。
 別の誰かに肩入れしてみたなら、菊千代の、そして映画の見方はがらりと変わったのだろうと強く感じました。それが「七人の」という冠にこめられた黒澤の意図のひとつであると私は信じます。そして、いろいろな人に愛される理由であるとも思います。『荒野の七人』とか『宇宙の七人』とか、を見るとその監督が誰に身を置いて見たかがわかるかもしれないとも思います。
 皆さんは自分が誰に身をおいてこの映画を見ましたか?

ルート1

Route One USA
1989年,イギリス,265分
監督:ロバート・クレイマー
脚本:ロバート・クレイマー
撮影:ロバート・クレイマー
音楽:バール・フィリップス
出演:ポール・マッカイザック、ジョシュ・ジャクソン、パット・ロバートソン

 10年ぶりにアメリカに帰り、再会したロバート・クレイマート友人のドク。ふたりはカナダ国境からNYを通り、フロリダのキーウェストまで続くルート1をたどる旅に出ることにした。
 彼らが長い旅路で出会ったのはアメリカが抱えるさまざまな問題、そして問題を抱える人々。カメラに映る医者のドクはアフリカでの経験もあり、それらの問題に対処して、それがどのように問題であるのかを明らかにしていく。
 そして、4時間の旅の果てにはアメリカという国の全貌が浮かび上がってくるに違いない。

 これはロード・ムーヴィーなのだけれど、疾走感はなく題名ともなっているルート1は一つの場所と別の場所を区別するための区切りでしかない。それでも北から南に進むにつれ、着実に気候が変わり、風景が変わる。これは狙いか偶然かはわからないが、結果的にアメリカの多様性を示す一つの要素となっている。
 もちろん、この映画で示されるのは人種をはじめとした人々が持つ多様性であり、そこに存在するさまざまな問題である。最初からインディアンの問題がクローズアップされるようにこの映画で一番目をひくのはマイノリティの問題だ。もちろんその問題は重要だが、クレイマーは必ずしもそればかりを問題にするわけではない。彼の捉えるマイノリティとはおそらく人種や民族という問題にはとどまらない。NYのような都会と広大な田園地帯というアメリカのイメージとは違う荒廃した土地に住む人々のすべてが彼にとってのマイノリティなのだろう。しかし、本当にアメリカを支えているのは、そんな名もない人々であり、それはアメリカと第三世界の関係が国内にも鏡像のように存在していることを示している。
 にもかかわらずアメリカがアメリカでいられるのは戦争のおかげなのかもしれない。ドクが戦没者の名前が刻まれた長い長い碑の前に何日も佇むとき、そこに刻まれた名前を持っていた人々について考える。名前にしてしまえば何の違いもなくなってしまう人々。これはおそらくアメリカの平等幻想を象徴的に示している。決して平等ではないのに、平等であるかのような気分に浸る。そうして人々はアメリカ人でいられる。
 アメリカとは一種のフィクションによって成り立っている国なのではないか。人々が共通して抱える幻想、それを一種の紐帯として人々が結びつき、一つの国家として成り立っている。この映画を見ていたら、そんなイメージが頭の中に浮かんだ。

 フィクションといえば、この映画の主人公ドクとはいったい誰なのか。映画の言葉を信じてクレイマーの友人の医者、アフリカに10年間いて久しぶりに帰って来た。としておいていいのだろうか。彼の本当の旧友らしい男と会ったり、兵隊にいたころの思い出話をしたりする。しかし、他方で彼はクレイマーの分身であり、クレイマーとして振舞っていることもあるだろう。
 彼は一つの町で医者の仕事に戻るといって急に旅をやめる。それからしばらくはクレイマーの、つまり被写体のいないカメラの、一人旅となる。しかし、キーウェストで唐突にドクはカメラの中に復帰し、そこの病院に仕事を見つける。恋人らしき人もできる。
 ドキュメンタリーと信じてみたらならば、そこに違和感はない。しかし、疑い始めたらいくらでも疑える。そのような自体から感じられるのは、それがドキュメンタリーであるかフィクションであるかを問うことの無意味さだ。
 クレイマーが追求しているのはリアルなアメリカを描写することであり、そのための手段がドキュメンタリーといわれるものであってもフィクションといわれるものであってもいいのだ。それは彼の映画を撮るということに対する姿勢をも示している。カメラを向けられたとき、人は日常そのままではいられない。そこには一つのフィクションが成立し、被写体となる人々は日常の自分を演じるようになる。クレイマーがそこにフィクションといわれるものを導入するのはそこで日常を演じるのが本人でなくてもいいと思ったからだろう。それをうそというのは自由だが、そのうそを写した映画は、現実で本当であることを映した映画よりも、現実の本当に近いものになるだろう。だからクレイマーはドキュメンタリーにフィクションを導入する。

DV-ドメスティック・バイオレンス

Domestic Violence
2001年,アメリカ,195分
監督:フレデリック・ワイズマン
撮影:ジョン・デイビー

 映画はドメスティック・バイオレンスの現場に駆けつけた警察官らの映像から始まる。喉から血を流しながらパニックになり、叫ぶ女性。そんな映像をプロローグとして、映画はDV被害者保護施設である「スプリング」の内部に入ってくる。「スプリング」にはDV被害にあった人々からの電話を受け、彼らを受け入れる。
 これまでどおり、一つの施設を取り上げ、そこの内部に深く入っていく。DVがアメリカで非常に大きな問題となっていることは知られているので、問題意識を持ちやすく、映画に入っていきやすい。

1回目
 ドメスティック・バイオレンスという話題自体は耳新しいものではない。しかしその実態となると、あまり耳には入ってこない。日本で話題になるのは、親による子供の虐待死が多い。しかし、アメリカでは夫や恋人による女性への肉体的虐待が多い。という程度の知識。だからこの映画はまず、興味はあるけれど、内容はよくわからないものへの知的好奇心を刺激する。DVとはいったいどのようなものなのか。この映画がそれを明らかにすることは確かだ。
 そういった面で一番印象に残ったのは、一人の女性が、カウンセラーの質問項目に答えていく場面。彼女は「突かれたか?」とか「殴られたか?」とか「他人の前で侮辱されたか?」といった質問のすべてに当てはまっていく。その質問に答えることによって彼女は、あんなこともDVにあたるのだと気づき、自分がいかに虐待にさらされてきたのかということを知る。この映画の中で「洗脳」ということが何度か出てくるけれど、その「洗脳」に自分がさらされていたのだということに気づく瞬間の表情をワイズマンは見事にとらえる。
 この「スプリング」では(それはおそらくアメリカのDV対策においてはということだろうが)この「洗脳」ということを非常に重く見ている。主に男性が女性を自分の支配下に置くために洗脳する。虐待に当たることを当たり前のことと受け取らせてしまう。だから50年もの間、虐待を受けながらそれに耐えることになる。そしてそれが虐待だとはわからなかったということになる。
 だから、ここではグループカウンセリングにより、それに気づかせ、そうならないようにするためにはどうするべきかということを話し合わせる。いろいろな人の体験を聞くことによって今後の対策を考えることができる。

 というのが、この映画で描かれたDV対策だ。もちろんそれは必要だ。「自分の心は自分のものだ」ということは当たり前のことであり、重要なことだ。特に「スプリング」にきている彼女たちは心を他人に譲り渡してしまいやすに人たちで、だからそれを強く言い聞かせることは必要だ。しかし、好きな人がいて、その人に心を明け渡したいという欲求が生まれることも確かだ。好きなのに、心の一端も譲り渡すことができないというのはあまりに寂しい。
 問題はおそらく、その相互依存が力の関係に変わってしまうということだろう。力関係が均等でなくなると、それは相互依存でありながら、力の弱いものにとっては一方的な依存であるように見えてしまう。そのようにならないための努力というのがこの映画に描かれていることだ。
 しかし、その先にある問題は、それが結果的に支配の奪い合いになってはしまわないかということだ。望ましいのは、奪い合う関係ではなく、与え合う関係であるはずなのに、それを教えることすら叶わないこの状況はあまりに悲しいと同時に、考えなくてはならない状況である。
 この映画は非常に引き込まれるが、決して後味はよくない。ワイズマンが自分の価値判断を示さないのはいつものことだが、この映画の最後に、ドメスティック・バイオレンスに及ばない現場が、虐待をしそうな本人が警察に通報した場面を挿入したことは、ワイズマン自身この問題があまりに複雑で、解決しがたいことであると認識していることを示しているように見えた。

2回目
 まず、われわれは警察が駆けつけたDVの現場を見せられる。驚くほどの血を流し、うろたえる女性、DVというと殴ったとか蹴ったという程度を思い浮かべがちだが、実際には刃物や銃を使ったものもある(これが非常に多いことは後々わかってくる)ということを認識させられ、その深刻さに気づかされてから、われわれはその被害者の駆け込み寺とでもいうべき施設“スプリング”の中に誘われる。
 そのスプリングにやってくる女性たちは予想通り、傷つき、打ちひしがれている。重要なのはそれが単なる暴力なのではなく、長年にわかる抑圧であるということだ。問題なのは物理的な傷が治癒することではなく、ずたずたに切り裂かれた精神を癒すことこそが必要なのだということがわかる。
 彼女たちは精神を押さえつけられ、閉じ込められ、逃げ出すことが出来なかった。物理的には可能であっても「逃げたら殺される」と思い込まされ、閉じ込められてきたのだ。そんな彼女たちが着の身着のまま逃げ込んだスプリングでの最初の面談が、まず映されるが、そのカウンセリングから徐々にその抑圧が解けていく過程を見ることが出来る。

 そして、彼女たちの問題は「知らない」ということだ。暴力を伴わない関係を「知らない」、逃げる方法を「知らない」。そこで、ここに登場するDV被害者の多くが母親もDVの被害にあっていたと語ることが重要になる。そして、DVの被害を受けた人の多くが大人になって加害者に回るというのも問題になる。
 それは、DVが存在する環境で育つことで、それが存在しない環境を知ることがないということが原因なのではないか。暴力の介在しない人間関係があることを知らない。DVはそこからひたすら再生産されるのである。そのようなことが明らかになるのは、被害者たちが教室のようなところで体験を語る場面である。ここではしゃべる人は限られているのだが、しゃべり始めると関を切ったように喋り捲るのだ。それはまさに抑圧が取り払われたことを象徴的に示している。抑圧され、閉じ込められていたものを一気に解き放つ感じ、それがその爆発的なしゃべり方に現れている。

 「知らない」のはスプリングにやってくる被害者ばかりではない。映画の中盤で老婦人の集団がスプリングを見学にやってくるのだが、彼女たちはアメリカの女性の約3分の1が虐待を受けた経験があるということを聞いて驚く。そしてその割合は昔と比べて増えているわけではないという説明を聞く。それはつまり、彼女たちの3分の1もかつて虐待を受けていたか、今も受けているということを意味するのだ。彼女たちは自分たちには関係ないかわいそうな人たちの世界としてスプリングを見ていたわけだが、実は彼女たちも無関係ではないということを知る。
 そして私たちも自分も無関係ではないということを知る。日本でどれくらいの割合の人が虐待を受けた経験がるのかはわからないが、決して少なくはないだろうと思う。実は自分は虐待を受けて知るのかもしれない、あるいは虐待しているのかもしれない。そのような疑問がこの映画を見ている中で必ず沸く。

 そしてそのことに気づかないというありそうにないことが起こるのは、DVというものが「洗脳」のメカニズムを備えているからだということが映画の後半に説明される。被害者は加害者に「洗脳」され、虐待されること/虐待することを普通のことだと思うようになってしまうということだ。「そんなバカな」と思うけれど、スプリングにやってくる彼女たちは見事にその「洗脳」の餌食になってしまっているのだ。
 そして、この「洗脳」は被害者だけでなく加害者をも犯している。加害者もまた虐待を当たり前のものとして「洗脳」されているのだ。彼らには虐待をしているという意識がない。あるいは意識があったとしても自分で止めることが出来ない。
 そのように加害者もまた「知らない」ことが映画の最後に挿入されるエピソードで明らかになる。この最後のエピソードは警察が呼ばれていくと、そこでは男性と女性が口論していて、それは虐待をした経験のある男性が、「このままだと大変なことになる」と思って警察を呼んだのだという。つまり彼は自分で止める自身がないから警察を呼んだということなのだ。彼は自分が虐待に及ぶ可能性を知ってはいるが、それを止めることが出来ないのだ。

 このように、この映画で示されているのは、ことごとく「知らない」ということである。被害者も加害者もそしてわれわれもDVのことを本当には「知らない」のである。そしてさらに、この映画を見たからと言って、それでDVのことを知ったことになるわけではないということもわかる。われわれはただ「知らない」ということを知っただけなのだ。あとは、自分が何を「知らない」のかを自分自身で考えることだ。もしかしたらあなたもDVの被害者/加害者かもしれないのだから。

メイン州ベルファスト

Belfast, Maine
1999年,アメリカ,247分
監督:フレデリック・ワイズマン
撮影:ジョン・デイビー

 朝焼けの中、ロブスターの漁をする舟。かごを海底から引き上げ、そこからロブスターを取り出す。そんな漁業が行われているベルファスト。続いてクリーニング屋が映り、さらに町のさまざまな場所が映し出される。
 ワイズマンの30本目のドキュメンタリーに当たるこの作品はひとつの施設や組織ではなく、町全体を被写体とした。そのことによって、さまざまな要素がカメラに切り取られることになる。それはこれまでにワイズマンが映してきたさまざまなものを包括するものであるという一面も持つ。

 これはワイズマン流のひとつのアメリカ史なのだと思う。ニューイングランドにあるこの町は南北戦争以前からあり、教会がいくつもあり、白人しかおらず、老人が多い。こんな小さな町であるにもかかわらず、あらゆるものがある。何もないという言い方もできるが、逆に何でもあるという言い方もできる。商業、漁業、農業、工業といった産業もあるし、商店や映画館、裁判所、図書館、病院など、アメリカの社会に必要なあらゆるものがこの小さな町(小さな町であることは画面から十分に伝わってくるが、資料によれば人口6000人の町らしい)にある。 具体的な歴史も出てくる。南北戦争を研究する男、アーサー・ミラーやハーマン・メルヴィルについて教える授業。それはアメリカ史そのものである。
 これを見てワイズマンがどのような歴史観をもっているかということを推測するのはなかなか難しいが、少なくともワイズマンはあくまでもアメリカにこだわっている。そして、おそらくアメリカを活気に満ち溢れた国というよりは、年老いた国と見ている。それは他の国との比較という意味ではなくて、歴史を振り返ってみてアメリカも年老いたということを言っているのだと思う。老人人口は増え、医療に膨大な金が掛かる。南北戦争のころのような新しいものを生み出す活力はすでになく、工場のように同じものを作り続けているだけ。この映画を見ているとそのようなイメージが浮かんでくる。
 だからといって悲観しているわけではなく、悲観とか楽観という視点を超えて、あるいはそのような視点には踏み込まないで、そのようなアメリカを問題化する。歴史を取り出して、その問題を明確化する。ワイズマンがやっているのはそのようなことだ。

 とにかくこの映画にはこの町には老人ばかりがいる。一人のおばあさんがフラワーアレンジメントの教室と、南北戦争の講義とおそらく両方に出ていたので、必ずしも老人が大量に要るというわけではないだろうが、この町が高齢化していることは確かだ。そんな中で問題となってくるのは、医療や社会福祉という問題だ。それはワイズマンがこれまでに扱ってきた問題で、この映画はワイズマン映画の見本市のような様相を呈する。
 それらの問題は、つまりいまだアメリカにおいて問題であり続け、ワイズマンにとっても問題であり続けるようなことだ。
 わたしが面白いと思ったのは裁判所の場面。たくさんの被告人が呼ばれ、一人ずつ機械的に罪状認否をして言く。有罪だと主張すればその場で罰金刑が科され、無罪を主張すると、裁判になる。そのオートマティックな裁判所の風景は、缶詰工場の風景を思い出させる。これはもちろんアメリカの裁判の数の絶対的な多さからきていることだが、ここにもアメリカの病の一端があるような気がする。
 それも含めて、この町はアメリカが抱えているあらゆる問題を同様に抱えている。小さな田舎町。その風景はおそらく多くのアメリカ人にとっての原風景に通じるものがあるのだろう。そして、歴史という時間軸とさまざまな事象という事象平面によって提示されるこの町の全体像をアメリカの縮図とする。ワイズマンのカメラはそんな仕掛けを用意してこの町を映し出す。

コメディ・フランセーズ 演じられた愛

La Comedie-Francaise ou l’amour joue
1996年,アメリカ,223分
監督:フレデリック・ワイズマン
撮影:ジョン・デイビー

 フランスのパリにある国立劇場コメディ・フランセーズ。歴史と伝統を誇るこの劇場と劇団の活動を追う。劇団の運営会議からリハーサル、実際の舞台、引退する役者の引退パーティなどを映すが、一番中心になるのは、やはりリハーサルと本番の舞台。舞台がどのように作られるのかを中心に描く。
 ワイズマンとしては座長を中心として、劇団をどのように切り盛りしていくのかに興味があるようで、そのあたりの描写が面白い。

 まず、このワイズマンの映画にはプロの役者が出てくるという展で、他の映画とは明らかに違う。劇映画を一本撮ったことがあるけれど、それ以外ではプロの役者が出てくるのは初めてなのだ。そこで気付くのは、ドキュメンタリーといえども彼らがいかに演技しているかということだ。稽古や舞台での彼らの役者としての輝きはすごいが、舞台を離れたところでも彼らは演技する。それはわざとらしくというわけではないけれど、明らかに何かを演じている。そう感じるのは、他のほとんどの作品に登場する人たちとの違いだ。この映画に登場する役者たちは役者らしく振舞っているように見える。カメラに映ることを了解し、自分を演じる。そのような姿に見える。
 このことから逆に、他の映画に登場する普通の人々も自分を演じているのだということに気付く。ただその演じ方がプロの役者とは違ってぎこちない。自分を演じているつもりが、興奮して完全に素の自分が出てしまったり、映っていることにたえられなくなったりする。ワイズマンはそのようなものも含めて写し取っているのだから、それでいい。
 ワイズマンはカメラが存在するということで、撮影されているということを了承していることで、すでに人々は演技をしていると言った。なかなかこのことがわからなかったのだが、この映画を見ると、そのことがなんとなくわかるような気がした。舞台での演技は間違いなく演技だけれど、舞台を下りた部分で映っている時でも一種の演技をしている。それは作り物ということではなくて、「自分」というものを場所や相手に合わせて変化させるのと同じようにカメラの前での「自分」を演じているということだ。『モデル』の終盤でモデルたちが騒いでいるシーンを思い出したのは、そのシーンでは彼女たちが「モデル」を演じていたからだろう。

 もうひとつ、この映画で気になったのは、内と外ということ。ワイズマンは執拗に外の様子、パリの街の様子をインサートする。この建物の内部のシーンとシーンの間に外の風景を挟むというのは、ワイズマン作品のほとんどに共通して見られる方法だが、この映画では特にその対比が大きい。『臨死』のように仮想的な一日を作り出すというわけではなく、単純にコメディ・フランセーズ対その外部という構造を作り出すだけだ。
 そこには何かワイズマンなりの批評精神というか世界観があるような気がする。コメディ・フランセーズはそもそも非日常的な空間であるけれど、その空間が役者にとっては日常空間である。チケットを求める人々はそこに日常からの逃避かあるいは超越を求めてやってきている。しかし、役者やスタッフにとってはそこは仕事場であり、まごう事なき日常なのである。よく考えるとワイズマンはこれまでにも動物園や病院などそのような日常と非日常が交錯する空間を対象としてきている。
 そんな内部にとっては日常的である非日常的空間の集積こそが現実であるという全体像がそこから見えてくるような気がする。一人の視点からは画然としている日常と非日常という座標が、社会においては複雑に交錯しているということ。ひとつの空間を日常と捉えるか非日常と捉えるかということによるその捉え方の違い、そこから生じる齟齬(この映画ではその齟齬の部分はあまり描かれていないが、風景による対照である種の乖離を表している)、そのようなことに意識的であることは、現実に対する姿勢を大きく変化させると思う。

パブリック・ハウジング

Public Housing
1997年,アメリカ,195分
監督:フレデリック・ワイズマン
撮影:ジョン・デイヴィー

 シカゴにある公共住宅アイダ・B・ウェルズ・ホームズ、主に低所得者層のマイノリティが住むこの公共住宅には、老朽化などのさまざまな問題がある。住人たちにも、失業、犯罪、麻薬などの問題がある。そんな問題だらけの公共住宅に住む人々にワイズマンは目を向けた。
 公共住宅という性質上、役所との交渉がそこには常に存在している。それと同時に、さまざまな話し合いが持たれたり、託児所があったり、バザーが開かれていたり、ひとくくりにはできないさまざまな生活がそこにはある。

 これは公共住宅の映画ではない。最初のほうこそ公共住宅の問題点が語られ、害虫駆除などの具体的な問題が提示されるが、それを過ぎると公共住宅というひとつのコミュニティーの話となる。これは『病院』のような施設の性質と密着にかかわる話ではない。ある地域があって、そこは公共住宅で、そこに住む人は貧しかった、という場所設定のドキュメンタリーでしかない。
 それがどうということではもちろんない。それはただなんとなく、この映画がワイズマンのほかの映画とはちょっと違うということを示しているに過ぎない。

 この映画で一番目を引くのは、昼間からあまりにもたくさんの人が家の近くをぶらぶらしているということだ。これは失業の問題が最も大きく作用しているわけだが、ここにアメリカの抱える根本的な問題がある気がする。もちろん彼らだって働く意思はある。しかし、他方で働かなくても家はあるし、食べていけないこともない。彼らは政府が何とかしてくれると思っている。
 わたしは別に努力をしないのがいけないといいたいわけではない。彼らに生活させることができる政府の施策も間違ってはいないだろう。問題なのは彼らの這い上がりたいという欲望の持って行き所がないということだ。住宅管理局のロン・カーターはしきりに「会社を作れ」とけしかけるが、聞く者たちの目は不審気だ。そこには成功するわけないという一種の諦めがあり、閉塞感がある。それは、結局政府は助けてくれないという諦めでもあるが、しかし他方で政府の援助なくしては暮らせないという現実にも直面せざるを得ない。その自分の中での矛盾はただその閉塞感をさらに増すだけだ。

 彼らの問題を突き詰めていくと、結局話しは麻薬に行ってしまうのか。この公共住宅には麻薬中毒者と思われる人がたくさんいる。売人などもいるらしい。麻薬が彼らを閉塞感の悪循環に追い込んでいることは確かだ。おそらく警察を含め、周辺に住む人々はアイダ・B・ウェルズを麻薬中毒者の巣窟のように思っているのだろう。じじつ、警官は映画の最初のほうで、公園の同じところに3時間も立っていた女を売人と決め付ける。偏見は新たな悪循環を生む。
 それでも映画の終盤に出てくる、治療を受けるためのカウンセリングのシーンは感動的だ。カウンセリングを行う医師の徹底的な我慢強さ。2人の間にはしっかりとコミュニケーションが成立し、きっと彼はちゃんとした治療を受けるだろう。これはこのコミュニティが立ち上がるひとつの方向性を示している。もうひとつその方向性を示しているのは、ボランティアについての話し合いだ。「なんて当たり前のことを言っているんだろう」とは思うが、当たり前のことを当たり前に行って、信頼を勝ち取ってゆくことによって偏見は解消されていくはずだ。しかしワイズマンはこの公共住宅の未来に必ずしも楽観的なわけではない。ほとんどの問題は解決される見込みもないまま放置されている。
 先ほども言ったロン・カーターの話をどうだろうか? どうもうまく実現するようには思えない。子供に対する知育はうまくいくだろうか? DV教室でも言われているように、親の姿を見て育つ子供が、この環境の中で健全に生きることにあまり希望は持てない。麻薬の誘惑を断ち切れるような子供は早々にここから出て行ってしまうのでは

臨死

Near Death
1989年,アメリカ,358分
監督:フレデリック・ワイズマン
撮影:ジョン・デイヴィー

 ボストンにあるベス・イズラエル病院。その内科ICUで治療を受ける何人かの病人たちを記録した映画。本当に死に瀕する患者とその死に臨む患者の家族、患者とその家族と話し合いながら治療法を考える医師、看護婦。
 ワイズマンはいつものように冷徹な目でそれを見つめるが、そこには生と死というドラマが厳然としてあり、6時間という時間も飽きさせることがない。基本的には4人の患者をそれぞれ独立した物語として描く。
 6時間という時間は観客にとってはとにかく考える時間として与えられている。映画が投げかけるものについて考えざるを得ない6時間。それは得がたい時間である。

 あまりに長くて最初のほうは忘れてしまいましたが、とにかく最初から最後まで呼吸器や蘇生術という延命治療が問題となる。その背景には脳死が完全に人の死として認められたということがあるだろう。途中で看護婦が行っていたように脳死とは不可逆的な機能停止ではあるけれど、心臓が動き呼吸をしている以上、完全な死のようには見えない。そのような特殊な状況の中でどのような選択ができるのか。この選択の問題は脳死に限らず、回復の見込みのない患者一般に広まる。そこで決断を迫られる患者とその家族。彼らと医者・看護婦との関係。これがこの映画の焦点となっていることは間違いがない。
 この映画は川を進むボートの風景ショットから始まり、病院でのエピソードの間に何度も外の景色がインサートされる。最初の区切りはやけに長いが、その終わりには夜の街とそれに続く朝の病院のショットが挟み込まれる。この夜から朝の一連のショットは何度か挟み込まれ、擬似的な一日を作り出す。もちろんその外景ショットで区切られた1エピソードは一日ではなく、順番もそのままではないのだが、その擬似的な一日があまりに長い映画を整理する役目を果たしている。
 なぜこんなことを長々と書いたかといえば、この映画が時間を周到に操って作られているからだ。おそらく同時に進行しているであろう3人ないし4人の患者の話をそれぞれ独立した話として順番に語っていく構成。この構成自体がこの映画にとって非常に大きな意味を持ってくるのだが、そのことについてはあとで書くとして、この構成を作り出すために擬似的な時間軸をワイズマンは作り出したわけだ。そのあたりはさすがという感じ。

 映画の内容についての感想はといえば、この病院では何度もミーティングが開かれる。それはここの患者の症状について、治療法についてという具体的な話し合いから、倫理観といったような抽象的な問題、井戸端会議のような看護婦の話し合いまで多岐にわたっている。これらの会議や話し合い(それには雑談も含まれる)を会話の意味までわかるようにきっちりと撮るワイズマンの撮り方は見せるというより考えさせようというスタンスだ。他の映画もそうだが、この映画は特に観客の感受性と思考力に訴えかける。ワイズマンの映画は観客自身の思考を抜きにしては完成されえない映画なのだ。
 ところで、このような話し合いでたびたび出てくる言葉に「ゴール」というものがある。それは治療・看護の目標の問題だ。医師や看護婦が患者に対して何を成し遂げようとするのか、それを「ゴール」として明確化すること、そのことがこの映画の中では常に重視される。しかし、そのようなゴールを決めなければ医療行為を行うことができないところに、この臨死治療の複雑さ、困難さがある。 さらにこの問題を複雑にしているのが、その「ゴール」を決めるのが患者自身、あるいは患者の家族であるということである。医者は医学的情報を患者や家族に与え、決断を迫る。医者の側としてはひとつの考え(答え)を持って患者や家族との話し合いに臨んでいるけれど、決めるのは患者とその家族であるのだ。しかし、そのような決断を患者自身や家族が本当にできるのか? ワイズマンの突きつけるもっとも大きな疑問のひとつがこれである。自分自身の、あるいは親しいものの死を前にして決定的な決断など本当に可能なのだろうか? 「責任を負う」という医者や看護婦が言う言葉、その言葉がこの決断の意味を表している。医者自身たびたび「自分だったらそんな決断はできない」と言う。それが意味しているのはそのような決断をすることの責任の重さだ。そんな重い責任を誰が負うのか? 看護婦の一人はその責任を負うことこそが仕事だという。
 スピラーザ氏のエピソードにファクター夫人の夫の姿が何度もインサートされる。医者である彼でも妻の死を前にして、ただ窓辺でまどろむしかない。力になることはおろか、選択することすらできない。

 どう考えをめぐらせても答えにたどり着くことはできない。だからこそワイズマンも6時間もの長きに渡って根本的には同じであるいくつものケースを繰り返し見せることにしたのだろう。この繰り返しという構造にこの映画のポイントがある。それぞれのケースで問題が起こるたびに、観客は問題に立ち返る。それによって導かれる思考の道筋。その思考の繰り返しこそがワイズマンが観客に求めるものだ。
 ワイズマンは作りながら繰り返し考え、われわれじゃそれを見ながら繰り返し考える。私はこれを書きながらさらにまた考える。皆さんはこれを読みながらまた考える。あるいはこれを読んで考え、映画を見に行って再び考える。そのように個人が考えることによってしかこの問題の答えへと近づく道はない。答えは決して出ることがなくとも、このような思考の積み重ねが個人が問題にぶつかったときに助けになるかもしれないと思う。

SHOAH

Shoah
1985年,フランス,570分
監督:クロード・ランズマン
撮影:ドミニク・シャピュイ、ジミー・グラスベルグ、ウィリアム・ルブチャンスキー
出演:ナチ収容所の生存者

 ナチス・ドイツの絶滅収容所のひとつヘウムノ収容所のただ2人の生存者のうちの一人シモン・スレブニク、当時14歳の少年で、とても歌がうまかったというその男性が監督に伴われてヘウムノを訪れるところから映画は始まる。
 そこから当時からヘウムノの周辺に住んでいたポーランドの人たちへのインタビュー、他の収容所の生存者たちへのインタビュー、もとSS将校へのインタビュー、ワルシャワ・ゲットーの生存者へのインタビューなどホロコーストにかかわりのあるさまざまな人へのインタビューと、収容所跡地の映像、これらホロコーストにかかわるさまざまな資料を9時間半という長さにまとめた圧倒的なドキュメンタリー映画。
 ユダヤ人である監督はもちろんホロコーストの本当の悲劇を世界に伝えるべくこの映画を撮った。これでもかと出てくる衝撃的な証言、映像の数々。

 まず、この映画を見る前に、この映画をほめるのは簡単だと考えた。「ホロコースト」という主題、9時間半もの長さ、貴重な証言の数々、それは歴史的に重要な映像の重なりであり、われわれに戦争の悲惨さとそれを繰り返してはならないという教訓を投げかけるということ。それは見る前から予想ができた。その上で私はこの映画を批判しようという目線で映画を見始めた。その視線が見つめる先にあるのは、この映画の視点が一方的なものになってしまうのではないかという恐れ、現在存在するパレスチナ問題にもつながりうるユダヤ人の自己正当化、そのようなものが映画の底流に隠されているのではないかという危惧を持って映画を見始めた。
 見終わって、まず思ったのはこの映画は紛れもなく必要な映画であり、見てよかったということ。この映画を見ることは非常に重要だということだった。それは単純に映画を賛美し、そのすべてに賛成するということを意味するわけではないが。

 それでも私は9時間半、批判することを忘れずに見続けた。そして批判すべき点もあるということがわかった。
 映画の序盤、映画に登場するのは監督と証言者と通訳。私がまず目をつけたのはこの通訳だ。通訳を介し、通訳が翻訳した言葉で伝える。オリジナルではもちろんそのまま音声で、字幕版でも証言者本人の証言に字幕がつくのではなく通訳の翻訳に字幕がつく。最初これが非常に不思議だった。
 しかも、証言者たちはカメラのほうを見つめることなく、ほとんどカメラを意識させず、監督のほうを見つめる。このような撮り方は監督の存在を強調し、映画が監督によるレポートであるということを明確にする。われわれは証言者の証言を直接聞くのではなく、そのインタビュアーである監督のレポートを見ることになる。

 そして、次に疑問に感じたのが、人物の紹介のときに出るキャプション。ユダヤ人、ポーランド人、もとナチスという線引きは果たして中立的なのか、ユダヤ人とそれ以外という線引きを強調しすぎてはいまいか? と考える。
 そして登場する元SS将校。「名前を出さないでくれ」というその元将校の名前を堂々と出し、隠し撮りをし、隠し撮りであることを強調するかのようにその隠し撮りの状況を繰り返し映す。
 この「隠し撮り」がこの映画における私の最大の疑問となった。果たしてこのようなことがゆるされるのか?

 この元SS将校の生の証言によってこの映画の真実味が飛躍的に増すことは確かだ。被害者や近くにいたというだけの第三者の証言だけでなく、加害者であるナチスの直接の証言は強烈だ。
 しかし、「名前は出さない」と約束し、撮影していることも(おそらく)明らかにせず得た映像と情報を臆面もなく映像にしてしまう。名前を全世界に向けて明らかにする。その横暴さはどうなのか? 確かにそのナチの元将校はひどいことをした。反省をしてもいるだろう。繰り返してはいけないと思っているのだろう。だから証言をした。「正々堂々と名前と顔を出して証言しろ」といいたくなることも確かだ。しかしその元将校にも彼なりの理由があって名前を伏せることを条件にした。その条件があって始めて証言することに応じた。そのような条件を踏みにじることが果たして赦されるのか?
 監督はこの映像がこの映画に欠かせないと考えたのかもしれない。それはそうだろう。せっかく得た映像を使わないのは馬鹿らしい。しかし、私はそれは決してやってはいけなかったことだと思う。それをやってしまうことは一人の映像作家として、表現者として恥ずべきことであり、映像作家であり、表現者であると名乗ることは赦されるべきではない。表現者とは許された条件の中で自分の表現したいことを表現するものであり、禁じられたものを利用してはいけないはずだ。
 映画に限っても、映画とはさまざまな制限の中で作られるものだ。その制限の中に以下に自分を表現するのかが勝負であるはずだ。予算や、機材や、検閲や制限に程度の差こそあれ、その制限を破ることなく作るのが映画であるはずだ。この監督がやったことはたとえば「予算が足りないから銀行強盗をして予算を増やそう」ということと変わらない。
 そこに私は大きな憤りを感じた。

 映画のちょうど真ん中辺りにあるアウシュビッツの映像。生存者の証言にあわせてカメラがアウシュビッツの跡地を進む。その映像は徹底して一人称で、見ているわれわれは自分がその場所に立っているかのような錯覚にとらわれる。そしてそこに40年前に起こっていたことが陽炎のように表れるのを体験する。そのシークエンスは非常に秀逸だ。この映画の中で最も映画的で、最も感動的な場面といっていいだろう。想像させるということは、どんなにリアルな再現よりも効果的である。
 しかし、批判の眼を忘れないように見続ける私はその感動と衝撃の合間に監督の意図を探る。このシークエンスの意図は明確だ。当時のユダヤ人の衝撃と悲しみの疑似体験をさせること。それは殺されていったユダヤ人たちを理解するための近道である。しかしこのような近道を作ることで見ているわれわれはユダヤ人の視線に追い込まれていく。それは中立な視線を保つことの困難さ、ユダヤ人の受難を自分自身の身に降りかかったことであるかのように思わせる誘導。そのような誘導を意識せずに見ると、この映画は危険かもしれない。ひとつの見方に押し込められてしまう危険があるということを常に意識していなければいけない。
 そのような観客の感情の誘導はそのあたりがピークとなる。その後、感情の高ぶりはやや抑えられ、逆に生依存者たちの心理の複雑さも垣間見えるようになる。生存者のほとんどは「特務班」と呼ばれる労働者だった。それは到着してすぐにガス室に送られるユダヤ人とは違う境遇にある。彼らは被害者であると同時に、ナチスの虐殺にある種の加担をする立場でもある。自分が生きながらえるために仕方ないとはいえ、その仕方なさはそれ以外によりどころがないという仕方なさであり、それにすがるしかないというのは心理的に非常にきついことなのだ、ということが証言の端々から感じられる。

 このあたり、映画の後半の証言はほとんど直接に字幕がつく。それは英語であったり、イスラエル語(?)であったりする。それは言語の問題なんだろうか? 単純に監督が通訳を必要とせずに話せるというだけの理由なのだろうか?しかし、字幕なしにすべての言語を理解できる人は少ないだろう。
 この、通訳を介するということから直接の証言への変化はこの映画のつくりのうまさのようなものを感じる。ドキュメントは虐殺の中心、より悲惨な生存者の少ないところから、虐殺の周辺、より生存者の多いところへと移動していく。それとは裏腹に、証言者たちは通訳を介した間接的な存在から、通訳なしで語りかけてくる直接的な存在へと変化する。虐殺の中心から周辺へという移動は、最初で一気に観客をつかむとともに、物語の強弱によって9時間半という長さを退屈にならないようにする。一つ一つのエピソード(たとえばチェコ人のケース)も非常にドラマティックだ。
 このような映画のつくりのうまさは監督の手腕を感じさせると同時に、なんとなく姑息な感じというか、計算高さを感じてしまう。観客を自分の側に取り込んでいくための周到な計画がそこに感じられる。
 もちろんそれが悪いわけではない。ホロコーストという想像を絶する悲惨な体験を自分のものとするためには並大抵の衝撃では無理である。この映画はその並大抵ではないことをある程度実現しているという点ですごい映画であり、この体験をすることは非常に有益である。しかし、映画を見終わってその自分の体験を客観視することが必要になってくる。単純に映画に浸るだけで終わってしまっては、描かれた歴史的事実のはらむ根本的な問題は見えてこない。
 この映画もまたひとつの暴力であるということを見逃してはいけない。私があくまでもこだわる元SS将校の証言はその具体的なものだが、全体としてこれがナチを一方的に攻撃していることは確かだ。そしてそれはユダヤ人を正当化することにつながりうる。

 この映画を見終わって、監督があまりに感情的であることに救われる。もしこのようなドキュメントを冷静に描いていたらこの9時間半は鼻持ちならない時間になってしまっていたことだろう。そうではなくて、この映画があくまで監督の憤りの表現であることがわかると、納得できる。果てしなく果てしなく果てしないモノローグ。他人の口を借りたモノローグ。それがモノローグであることを理解したならば、そのメッセージを冷静に噛み砕くことができる。そしてその部分部分は歴史的証言として非常に価値がある。そしてまたこのモノローグが吐露する憤りはユダヤ人といわれる人たちに(少なくともその一部に)共有されている感情なのだろう。
 そのように自分なりに客観的に見つめてみて、あとはこの映画からはなれて、しかしこの映画とかかわりのあるさまざまなことごとと接するたびに思い出すことになるだろう。

EUREKA ユリイカ

2000年,日本,217分
監督:青山真治
脚本:青山真治
撮影:田村正毅
音楽:山田勲生、青山真治
出演:役所広司、宮崎あおい、宮崎将、斎藤洋一郎、光石研

 九州で起こったバスジャック事件。6人の乗客と犯人が殺され、運転手の沢井と、中学生と小学生の兄妹だけが生き残った。心にキズを抱えた3人は以前の生活に戻ることができず、沢井は失踪し、兄妹は家に閉じこもるようになってしまった。しかし2年後その沢井が帰ってくる…
 現代の日本を代表する作家の1人青山真治が白黒シネスコ3時間半という、非現代的非商業的なフォーマットで撮った挑戦的な作品。これも現代の日本を代表するカメラマンである田村正毅とともに作り上げた映像は研ぎ澄まされており、美しい。

 確かに見事な映像。白黒シネスコというのもとても好き。しかし、これが「新しい」映画なのか? という疑問が付き纏う。どの画面を切り取ってもどこかで見たことがあるような気がしてしまう。ヴェンダース、ソクーロフ、アンゲロプロス… 彼らの面影をそこに見てしまうのは私だけだろうか? この映画が70年代に、いや80年代でも作られていたら新しい映画であっただろう。しかし、2000年の今、この映画は果たして「新しい」のか? そんな疑問が生じてしまう。先駆者たちが作り上げた新しい世界観(それはもちろんその先駆者達からヒントを得てのことだが)を組み合わせ、作り出した画面に果たして新しい世界観はあるのか? あえて白黒シネスコというオールドスタイルを取ったこの映画はそれゆえにその古きよき映画を乗り越えていなければならないはずだ。
 自らをあえて苦しい立場に置いた作家はその責務を果たすことはできなかった。しかし、巷にあふれる映画と比べるとその完成度は高く、またその挑戦自体にも意味があることだったと思う。だからこの映画は見られる必要がある。そしてそれが見られやすいようにドラマ的なプロット、哲学的なテーマも用意されている。しかしそのどちらも(連続殺人事件の犯人は誰かというドラマとなぜ人を殺してはいけないのかという哲学的テーマのどちらも)それほど完成度は高くない。ドラマは結末が見えてしまうし、哲学的には踏み込みが甘い。だから、ドラマや哲学という入り込みやすい要素によって映画に取り込まれた観客も映画そのものに立ち返らざるを得ない。
 誰もがこの映画を見ることによって映画が抱える問題に直面せざるを得ない。映画を愛するものならばこの映画を見なくてはならない。こういう映画を作ってくれる作家が日本にいることはうれしいことだとも思う。
 最後に、この映画を語るときどうしても「長い」という問題が出てくる。しかし映画の長さが1時間半あるいは2時間というのは神話でしかなく、実際はどんな長さでもいいはずだ。キェシロフスキーは1時間×10話からなる「デカローグ」をとった。わずか15分の「アンダルシアの犬」はいまだ映画史に残る名作である。だから、そもそもことさらに長さを意識する必要はないはずだ。それでも「長さ」を問題とするならば、この映画が突きつける問題を考えるならば、映画にこれくらいの余裕がなければいけないと言おう。映画からはなれて自分の考えに浸れる時間をこの映画は提供していると思う。