おかえり
1996年,日本,99分
監督:篠崎誠
脚本:篠崎誠、山村玲
撮影:古谷伸
出演:寺島進、上村美穂、小松正一、青木富夫、諏訪太郎
塾講師をしている孝と家でテープ起こしの仕事をしている百合子。結婚して3年、何の問題もない夫婦生活のように見えた。しかし、あるときを境に、百合子が不意に夜出歩いたり、真っ暗い部屋で孝の帰りを待っていたりという不思議な行動をとるようになった。それを見て孝も不審に思い始めるが…
これがデビュー作となる篠崎誠は北野武作品で味のある脇役ぶりを発揮していた寺島進を主演に起用。カメラマンには東映のチャンバラモノで鳴らしたベテラン古谷伸の参加を得て完成度の高い作品を作り上げた。
見る人によって様々な部分が刺さってくると思う。非常に地味で淡々としていて、公開当時には監督も役者もほぼ無名で、全く商売っけのない映画。そしてもちろんヒットもせず、埋もれてしまいそうだった映画。しかしやはり面白い映画は埋もれない。見てみればそこには鋭い描写がたくさんあり、そのどこかが見ている人に刺さってくるに違いない。
この映画で注目に値するのはなんといっても役者の演技。もちろんそれを引き出しうまく映画に載せたのは監督だけれど、素直にこの映画を見て感じるのは登場する役者達の素晴らしさ。私が一番すごいと思ったのは孝と百合子が台所で座り込んで話すというか抱き合うというか、そういうシーン。その長い長い1カットのシーンの2人の表情はものすごい。シーンの初めから終わりまでの間に刻々と変化していく2人の顔は何度も繰り返し々見たいくらいに力強く、おそらく見るたびごとに異なる感情が伝わってくると思う。
このシーンもそうですが、この映画に多分に盛り込まれている即興的な要素。必ずしもアドリブというわけではないけれど、脚本や演出ではない役者に属する部分が色濃く出ている要素(誰かがどこかでカサヴェテスを取り上げて広義のインプロヴィゼーションと呼んでいた気がします)もひとつ興味を引く部分です。この即興的な要素は90年代以降の日本映画にかなり頻繁に見られるもので、代表的なところでは諏訪敦彦や是枝裕和や橋口亮輔の名前が上がるでしょう。つまりこれは今の日本映画の流行ともいえるモノですが、それはこの「おかえり」やその同時代の作品から顕著になってきたといえるかもしれません。
まあ、そんなジャンル的な話はどうでもいいのですが、このお話で私は、日本映画を敬遠している人にこの映画を見なさいといいたい。陳腐な言い方で言ってしまえばここに現代の日本映画が凝縮されていると。
言ったそばから自分の言ったことを否定したい気分ですが、まあ宣伝文句としては上々でしょう。でもビデオはレンタルされていないので機会を逃さず見てくださいとしかいえませんが。
さて話がばらばらになってしまっていますが、この映画にはとてもいいシーンがたくさんあります。しかしよくわからないシーンもあります。ひとつは孝が同僚と飲んでいる時にインサートされる飲み屋のおやじ、もうひとつは3回出てくるマンションから見下ろした夜の道。なんなんだろうなぁ、と思いますが、こういう物語とつながりのない部分がずっと印象に残っていたりする場合もあります。だからこれも無駄ではない。あるいは無駄にも意味がある。そのようなことも思ったりしました。